261.お兄ちゃん、見守る
ついに花開いた僕の聖花の苗。
ややこぶりなその花弁を眺めるにつれ、なんだか幼子を愛おしむような気持ちになってしまう。
いや、立派に育ってくれたよ。
むしろ、あまりに成長が早くて、もう少し子育てしていたかった気分だよ。
それにしても綺麗な花だなぁ。
この世界に来てから、花を愛でるという気持ちを覚えた僕だが、こんなに美しい花は、これまで一度も……。
「って、そうだった!!」
慌てて振り返る僕。
つぼみが花開いたことで、すっかりコリック先生の事が頭から吹き飛んでいた。
振り返った先で、彼はその場にしゃがみこみながらも、開花を成功させた僕をどこか満足げに眺めていた。
良かった。なんとか大丈夫そうだ。
とはいえ、目的は果たしたわけだし、早々にここを立ち去るに越した事はない。
苗を大切に胸に抱きつつ、小走りで彼の元へと戻った僕の顔には自然とドヤ顔が浮かんでいた。
「開花させましたわ!!」
「ああ、見事だ」
静かだが、確かな賞賛の言葉を口にしたコリック先生。
てっきり、またそっけない反応かと思っていたのに、そんな風に言われるとちょっと嬉しくなってしまう。
いや、もしかしたら、相当弱っているからこそなのかもしれないけど。
「これで目的は果たしましたわ。ルーナちゃん達と合流できていないのはいただけませんが、先生の体調を考えると、とりあえず一度森から出て……」
「その必要は……ない」
「えっ!?」
しゃがみこんでいたコリック先生が、突然、バッと立ち上がった。
長身の彼がいきなり目の前ににょきりと生えると、なかなかの威圧感を感じる。
「せ、先生……?」
「シーダの花……これさえあれば……」
どこか恍惚とした表情で、僕の苗を見つめるコリック先生。
「先生、体調の方は……?」
「ああ、慣れた」
また、慣れたって……。
なんだかよくわからないコリック先生の反応に、戸惑っているその時だった。
「セレーネ様ぁ~!!」
「あっ……」
ルーナの声が聞こえた。
どうやら、こちらへと向かってきているようだ。
「良かった。ようやくルーナちゃんと合流できましたわ。ルカード様もご一緒だと良いのですぐぁっ!?」
言い終わる直前に、僕の口が何かごつこつしたもので塞がれた。
何が起こったかもわからないまま、一瞬後には、僕はコリック先生に苗ごと抱えあげられていた。
いわゆるお姫様だっこというやつ。
僕ももう15歳の乙女なわけで、体重もそれなりにはあるはずなのだが、一切ブレを感じさせないガッシリとした腕の感触。
インテリ派に見えて、実はレオンハルトみたいに筋トレが趣味だったりするのだろうか。
そんなしょうもない事を考えている間にも、僕はコリック先生の腕に抱かれたまま、近くの木の陰へと運び込まれていた。
「ちょ、何を、もごっ──!!?」
「黙れ。喋るな」
身体をピッタリと幹に密着させられたまま、口までも塞がれてしまう僕。
やっぱりこの人、やばい人だったぁー!!
エリアスに貰ったあの小袋を投げるかと、一瞬逡巡したその時、ルーナの声が再び森に響いた。
「あっ!! ルカード様!! 泉がありました!!」
どうやら白の泉を発見したらしいルーナ。
それに、ルカード様も一緒らしい。
ホッと胸を撫で下ろす僕。
そんな僕の口を抑えつけながらも、コリック先生は二人の様子を木の陰から、真剣な表情で眺めていた。
えーと、この人は何をしているんだ……?
僕が問おうとすると、彼は再び視線だけで「黙っていろ」と僕に強要してきた。
同時に、少しだけ拘束を緩めてくれる。
あれ?
僕に何か悪い事をしようとしているわけではないの……か?
とりあえず、声は出さずに、僕もコリック先生と同様にルーナ達の方に顔を向ける。
白の泉を発見した二人は、どうやら聖水をルーナの苗に与えることにしたらしい。
何かしらのやり取りの後、ルーナはおもむろに柄杓を取り出すと、僕と同様に、自身の苗へと聖水を振りかけた。
しかし……。
「やはり……か」
コリック先生がぼそりと呟く。
彼の言う通り、ルーナの苗は、聖水を与えても開花までは至らなかった。
それは予想できた事だ。
なにせ彼女の苗には、まだつぼみもできていない。
本来ならば、三カ月かけて生育を進める必要がある聖花だ。
まだその半分の日数しか経っていないというのに、こんなに成長してしまっている僕の苗の方が、ただただ異常なだけなのだ。
しかし、コリック先生は、そのわかりきっていた結果を確認するように、瞬きすらしない視線でルーナを眺め続けていた。
「やっぱり、聖水をあげたくらいじゃ、一気に成長したりはしないですね」
「ええ。ですが、苗に生気が満ちたのは感じられます。少しずつですが、効果はきっと出て来ると思いますよ」
「ルカード様が、そうおっしゃってくれるなら、安心できます!」
にっこりとルカード様に向かって笑みを浮かべるルーナ。
きっと本来のゲームなら、この笑顔にルカード様はコロリといってしまったんだろうなぁ、とか思いつつ、自分勝手な独占欲のようなものを少しだけ感じて、僕は頭を振った。
「コリック先生、もう出て行って構いませんの? というか、これ、何の目的があって隠れてますの……?」
二人から身を隠す必要の意味がわからず、とりあえず、出て行こうとする僕。
いつものように反応がないように見えたのも束の間、僕が腕から抜け出そうとすると、彼はゆっくりと口を開いた。
「何の目的があって……か」
ぼそりと呟くような口調でそう言った彼は、眼鏡越しの視線を僕へと向けた。
真っすぐと射抜くような瞳。
端正な顔立ちと相まって、その怜悧な雰囲気は、なかなかに破壊力があった。
そして、僕は知っていた。
男の人が、こんな目をするときは、決まって……。
「セレーネ・ファンネル……。私は、お前が欲しい」
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