260.お兄ちゃん、聖花を開花させる
「もう……大丈夫だ」
僕の身体を意外なほど丁寧に離し、ゆっくりと立ち上がったコリック先生。
まだ、復調したとは言い難い状態だが、先ほどに比べれば、顔色も少し良くなっている気がする。
「さあ、行くぞ」
「本当に大丈夫ですの?」
「ああ、問題ない。慣れた」
慣れたって……。
なぜだか、一人でここに残ることを嫌がったコリック先生だが、やはり、白の泉まで一緒に行く気満々なようだ。
それにしても、彼に引き留められ、抱きしめられた時のあの感覚は何だったのだろうか。
近しい身内に、いや、まるで自分自身に抱きしめられているかのような妙な感覚。
あれはいったい……。
「あっ……」
なんて考え事をしてる間に、そそくさと彼は歩き出していた。
「お、お待ちくださいませ!!」
慌ててコリック先生についていく僕。
今度は後ろではなく、横に並び歩く。
じゃないと、彼の表情が見えないからな。
もう一度体調が悪くなったとしても、この人絶対に自分からは言わないだろうし。
「また、霧が少し出てきましたわね」
横顔を眺めつつ歩いていくと、さっきほどではないが、少しずつまた霧が出始めた。
また、周囲が見えないほどの濃い霧になってしまうのだろうか。
と、不安げに思っていると、ナチュラルな所作で、コリック先生が僕の手を取った。
「さっきと同じだ。こうしておけばいい」
「わ、わかりましたわ」
不意打ちの如く手を繋がれた事で、少しドキリとしてしまう。
彼と接触しているのは、いろんな意味で心臓に悪いが、この状況ではそれも我慢する他ない。
それにしても、最初に手を繋いだ時は、ルカード様と繋いでいたと思っていたんだけどな。
霧のせいで、人違いをしてしまったのだろうか。
「着いたぞ」
「えっ?」
なんだかんだとうっすらとした霧の中を彷徨っているうちに、僕らは少し開けた場所に辿り着いていた。
目の前に広がるのは透き通るような透明度を誇るほんの小さな泉だ。
直上だけがまるで剪定したかのように枝が掃われ、ぽっかりと空いた穴からは、真昼のお日様の光が降り注いでいる。
その光を受けて、キラキラと輝く湖面からは、ドライアイスのように飽和した白の魔力が漂っていた。
「凄い……」
こんな量の白の魔力を感じたのは初めての事だ。
聖女様が放つ、フレッシュな魔力ともまた違った濃厚で老成されたような魔力。
漂っているだけでこれなら、泉そのものの魔力はさらに上ということだろう。
なるほど、これは1度しかあげてはいけないと定められているのも頷けるというものだ。
「くっ……」
「コリック先生!!」
心臓の辺りを押さえ、片膝をついたコリック先生。
さっきと同じ状態だ。
やはり、白の魔力は普通の人には……。
「私の事は放っておけ……」
「でも……」
「いいから!!」
珍しく語気強く言われ、ビクリとした僕は慌てて背負い袋から苗を下ろし、両腕に持ち替えた。
「すぐに汲んで参りますから!!」
さっさと苗に聖水をあげて、ここを離れなければ、コリック先生がどうなってしまうかわからない。
別に好意を抱いているわけじゃないし、嫌な人だし、怪しい人だが、自分のせいで倒れてしまいでもしたら寝覚めが悪い。
そのまま小走りに泉へと駆け寄った僕は、近くの地面に苗を降ろす。
湖畔の際まで来ると、よりこの泉の異常さが分かる。
吹き上がるような白の魔力が、まるで、パッシブスキルのように僕の身体を癒し、疲れを取ってくれる。
古いRPGのセーブポイントとかってこんな感じだったのかもなぁ、いや、なんて心地よい……じゃなかった!!
聖女候補である僕にとっては気持ち良いものでも、一般人であるコリック先生にとっては、この過剰すぎる魔力は毒なのだ。
僕は背負い袋に苗と一緒に入れておいた柄杓を手に取ると、そのままおそるおそる白の泉の湛える透明度の高い水を掬った。
神聖な力が宿った聖水。
これを苗に与えれば、あるいは……。
ごくりと、生唾を飲み込んだ僕は、いよいよその聖水を自分の苗へと振りかけた。
少し高い位置から、雨のように苗に降り注ぐ聖水。
その雫が葉に、茎に、そして、つぼみに触れ、キラキラと白い光を放つ。
そして、次の瞬間だった。
「わぁ……」
あまりに神秘的な光景に、僕は思わず声を漏らした。
しぶきを散らすように、キラキラと舞う白き光。
天からの光に照らされたその中で、苗の頭頂でパンパンに張っていたつぼみが、ゆっくりと解けていく。
スローモーションのようなその一連の光景を眺め終えた時、僕の目に映っていたのは、白百合よりもなお白く、美しい花だった。
花弁の大きさは、おおよそ薔薇と同じくらいだろうか。
数枚の花弁が重なり合い、渦を巻くようになった様は、まるで作り物かのようにすら感じられる。
これが、シーダの花。
白の魔力を持つ、聖女。あるいは聖女候補にしか咲かせることのできないと言われる聖なる花。
ルーナほど熱心に育てたわけではないが、やはり自分の生育した苗が開花する瞬間というのはどうしようもなく嬉しいものだ。
再び苗を持ちあげた僕は、その清廉でありつつも華のある花弁を愛でながら、自然と笑みを浮かべていたのだった。
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