259.お兄ちゃん、試験官と二人っきりになる
「あ、あわわ……」
目の前でズレた眼鏡を直すコリック先生を前に、僕は完全に慌てていた。
いや、なんで!?
さっき手を繋いだのはルカード様だったはずなのに……。
ガッチリと繋がったままの僕と彼のサイズ違いの手を呆然と眺めながら考えるも、一体全体何が起こったのか、まったく思い至らない。
「いつまで繋いでいるつもりだ」
「え、ああ、すみません!」
思わず素で返しつつ、手を振りほどいた僕。
すると、彼はいつも通りの不機嫌そうな顔で周囲を見回した。
「どうやら、ルーナとルカード君とは、はぐれてしまったらしいな」
「え、ええ、そのようですわ……」
未だテンパりつつも、なんとか返事をする。
「侵入者を惑わす霧と風か。どうやら、この森には聖女候補を試す役割もあるようだな」
「そ、そうなのですか……」
「おそらくな」
いや、だったら事前に知らせとけよ。
っていうか、コリック先生もルカード様も知らなかったのか?
ちゃんと引継ぎはしとこうよ、教会の方々。
「進むぞ」
「えっ、あ、はい……!」
先ほどと些かも変わりなく歩き始めたコリック先生に慌ててついていく。
「二人を探さないのですか?」
「泉に向かう方が先決だ。どうせ、向かう先は同じなのだからな」
「た、確かにそうですが……」
コリック先生と二人っきりの状況。
今のところ、彼は言葉の通り、ただただ白の泉を目指しているようにも見える。
ポケットの中に入れてある小袋をギュッと握る。
本当はすぐにでも、エリアスからもらったこれを地面に投げつけたいところだが、もう少しは様子を見ても良いかもしれない。
とりあえず……。
「ルーナちゃーん!! ルカード様ぁー!!」
少しでも早く二人と合流できることを願いつつ、僕はそそくさと歩いていくコリック先生の後をついていったのだった。
「随分歩きましたわね……」
コリック先生と二人っきりで森を彷徨う事しばらく。
僕らは完全に迷っていた。
「本当にこちらで良いのでしょうか?」
黙々と歩き続けるコリック先生に問いかけるも、案の定無視だ。
下手に歩き続けても、ますます迷ってしまうだけだし、ここらで少し立ち止まって考えた方が良さそうだと思うんだけどな。
何度話しかけても、ろくに反応を返してくれないコリック先生に、いい加減苛立ってきた僕は、意を決して彼の前へと身を乗り出した。
「コリック先生、ちゃんと話を……って、えっ!?」
後をついていくばかりで、僕には彼の背中しか見えていなかった。
だが、今しばらくぶりに見た彼の顔は、蒼白になり、額からは脂汗が噴き出していた。
「ど、どうしたんですか……!?」
「な、何でもない……」
そんなわけあるか。
明らかに体調が悪そうだ。
その証拠に、普段の鉄面皮が崩れかけている。
「何でもないわけないですわ」
「だ、大丈夫だ。進むぞ」
それでも強引に前に進もうとする彼の前で僕は両手を広げた。
「お、お前……」
「ダメです。進ませません」
こんな状態で歩き続けたら、それこそ倒れてしまう。
素性がわからず、油断できない人物ではあるが、それとこれとは別だ。
僕は単純に、彼の体調が心配だった。
「強引だな……」
「いつものあなたほどではありません」
そう答えると、コリック先生は観念したように、一番近くの木を支えに座り込んだ。
「はぁはぁ……」
「どこか痛むのですか?」
「少し、疲れただけだ……」
確かに学園からそれなりの距離は歩いてきたが、僕が平気なのだから、コリック先生だけがここまで疲弊するのはおかしい。
もしかして、この森の空気は、白の魔力を持つ者以外には毒になってしまうのだろうか。
過剰な魔力は、時に人を蝕む。
だとすれば、これ以上に白の泉へと近づくのは、彼にとって危険なことなのかも。
「コリック先生。私、ここからは一人で参りますわ」
シーダの苗を背負いつつ、決意するように立ち上がると、僕はそう宣言する。
「先生はここで休んでいて下さい。すぐに戻って参ります」
「ま、待て……」
僕が歩いて行こうとすると、彼の右手が僕の左手を掴んだ。
そして、強引に引っ張られる。
「えっ……?」
気づくと、僕は彼の腕に抱かれていた。
本当に体調が悪いのだろう。
胸元に引き寄せられたため、彼の普段よりも速い心音がバクバクと聞こえてくる。
「行くな。ここにいろ」
明らかに弱っている彼の声が、妙にゾクゾクと僕の耳朶を打つ。
普段は不愛想で、いつも一方的な態度な彼が、頬を紅潮させ、懇願するかのように弱々しい視線を僕へと向けて来る。
そのギャップに、思わず、僕の方が心臓がバクバクと鳴り出した。
大人の色香とでも言うのだろうか。
角ばった首元に浮かび上がった汗が、変な風に艶めかしい。
「コ、コリック先生……その……」
目を閉じた彼は、ジッと静かに息を整えている。
僕の方は、無下に手を振りほどくわけにもいかず、そのまま動かずにいた。
汗ばり、角ばった彼の手のひらの感触が、妙に意識される。
ルカード様もそうだけど、大人の男の人の手って、どうしてこうも大きく感じるんだろう。
こうやって男の人と手を握っている瞬間が一番、自分が華奢な女の子になってしまったのだということを自覚させられる。
それにしても……。
なぜだろう。
彼に密着していると、どこか安心感のようなものを感じている僕がいた。
家族や姉弟と接した時のような、こう近しいものの傍にいる時にも似た安心感。
得体の知れない人物だというのに、何で、僕はこんな……。
自分でも訳の分からない感情にさいなまれつつも、しばらくの間、僕は大人しく彼の胸に抱かれ続けたのだった。
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