254.お兄ちゃん、白の泉について知る
「ほう……」
コリック先生が、その角ばった眼鏡の位置を整えながら、僕の苗へと目を向ける。
表情の読み取れない鉄面皮のまま、数秒つぼみの様子をつぶさに観察した彼は、ゆっくりと背筋を伸ばした。
「前回からたった1週間とは思えんな」
普段ろくに感想を述べない彼が、そんな風に言うくらいには僕の苗は育ちまくっている。
うん、なにせ、もうつぼみがパンパンに膨らんでいる状態だ。
ルーナの苗の方も、以前と比べれば、茎が伸び、葉も増えているが、その差は一目瞭然だった。
「今回のチェックは以上だ。だが」
僕とルーナの苗を観察し終えたコリック先生は、眼鏡を外すとレンズを拭いた。
そして、再び眼鏡をかけると、彼はこう言った。
「"魔"の試験が始まって、もう間もなく40日だ。明日は予定通り、"白の泉"へと向かう」
「白の泉?」
唐突な地名に、一瞬ポカンとする僕だったが、すぐに思い出す。
白の泉とは、確か街から少し離れた丘を越えたところにある場所だ。
土壌にしみ込んだ白の魔力が染み出してくることで有名な泉で、そこから湧き出る水は、聖水として儀式などの際にも用いられている。
「忘れたのか? 聖女候補が育てる苗には、試験期間中1度だけ、聖水を浴びせることが許可されている」
そう言えば、最初の時にそんな説明を受けたっけか。
なるほど、確かに特別な聖水を苗にあげれば、大きく成長したり、何か変化が起こってもおかしくない。
あるいは、それをきっかけに、ルーナの苗の方も、一気に成長が加速するかもしれないし。
「明日は早朝に集合し、泉まで行くことになる。少し距離があるので、体調を整えておけ」
「わかりました!」
「あ、あの、私達だけで行くのでしょうか?」
おそるおそる問い掛けると、彼は首を横に振った。
「特に危険があるわけではないが、お前は公爵令嬢だからな。護衛を連れてきても構わん」
「そうですか」
ホッと胸を撫で下ろす。
先日、エリアスに出来る限りコリック先生とは二人きりにならない方が良いと言われたばかりだ。
ルーナもいるとはいえ、さすがに3人きりで遠くの泉まで出かけるのには抵抗があったが、アニエスも連れて行けるとすれば、安心感が違う。
「今日はこれで解散とする」
その一声で、僕とルーナは帰路についた。
「白の泉かぁ。私の苗も、もっと成長してくれると良いんですが」
6枚ほどに葉が増えた苗を大事そうに抱きかかえながら、ルーナは呟く。
「きっと大丈夫ですわよ」
「セレーネ様の苗は、もしかしたら、もう開花してしまうかもしれませんね」
そう言って、少しだけ羨ましそうにこちらを見るルーナ。
確かに、すでに育ちに育っている僕の苗だ。
聖水をきっかけに、つぼみが開花したとしてもおかしくはない。
これは、本当に一足早く、苗が育ち切ってしまうかもしれないな。
そんなことを考えながら歩いていると、横合いから見知った顔が現れた。
「エリアス様」
「お二人とも。ごきげんよう」
ニッコリと笑顔を浮かべつつ、タイミングよく現れたエリアス。
偶然というわけではなく、どうやらコリック先生と会う僕の事を気にしてくれていたらしい。
「順調に苗が育っているようですね」
「ええ」
僕とエリアスは、コクリと頷き合う。
彼は同じ目的へと向かう同志だ。
なんだか、今までよりも少しだけ距離感が近くなったように感じる。
「ルーナさんの苗も、丁寧にケアしてあげているのが感じられます」
「えへへ、エリアス様。ありがとうございます!」
「エリアス様、あの……」
僕は、エリアスに先ほどコリック先生から伝えられた白の泉の件を伝えた。
「ふむ、なるほど。そのような場所に行く必要があるとは」
「護衛は連れてきても良いということでしたので、アニエスにはもちろん同行してもらうつもりです」
「それが良いでしょう。いや、そうですね……」
ツヤツヤのシャムシールの毛をひと撫でしたエリアスはこう言った。
「僕とシャムシールも同行します」
同意するようにシャムシールもニャア、と鳴く。
「うわぁ、エリアス様も一緒に来ていただけるんですか!!」
「ええ、白の泉、僕も興味がありますので」
ルーナにそう答えつつも、目的はもちろんそんな事ではなく、僕の護衛。
そして、コリック先生の正体を掴むことだ。
長らく一緒にいれば、もしかしたら、彼の素性が少しでも掴めるかもしれない。
そうエリアスは考えているのだろう。
「なんだなんだ。楽しそうな事話してやがんな」
と、唐突に現れたのは、アミールだった。
あの告白以来、初めて見る彼の姿。
どんな風にしていればいいのかわからず、内心ドキドキしていると、彼は普段通り、何事もなかったかのように笑顔を浮かべた。
「聞いたぜ。白の泉まで行くんだろ。俺も混ぜろよ」
「えっ!?」
エリアスだけでなく、アミールも来るだって。
いや、確かに、コリック先生の事を考えると、人数は多い方が良いのかもしれないけど……。
「セレーネ。こんな奴よりも、俺がついていこう」
「レオンハルト様!?」
示し合わせたようなタイミングで現れるレオンハルト。
「護衛というならば、俺の方が適任だろう」
「あ、あの姉様、僕も……!!」
「フィンまで!?」
同じく草むらから現れたフィンも手を挙げながら、そんな風に宣ったのだった。
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