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253.お兄ちゃん、腹を決める

「ふっふふ~♪」


 寮へと帰ってきた僕は、鼻歌交じりにベッドへとダイブした。

 こんなにすっきりとした気持ちは久しぶりだった。

 ここのところ、ずっと悩んで、悩んで、悩んでばかりだったからな。

 エリアスが提示してくれた、聖女にならず、ルーナも僕も自由を手に入れられる未来。

 本当にそれが実現できるとすれば、僕は自分の意思で、誰かを選ぶことができる。

 紅の国の王子、レオンハルト。

 白の国の神官、ルカード様。

 砂漠の国の王子、アミール。

 僕の義弟、未来の公爵家当主フィン。

 そして、碧の国の王子、エリアス。

 僕を慕ってくれる5人の攻略対象達。

 僕はまだ、彼らの誰が一番好きなのか。

 誰との未来を手に入れたいのか。

 自分でもわからない。

 でも、聖女という存在がなくなれば、自分の意思だけで、彼らの中の誰かを選ぶことができるだろう。

 レオンハルトとの婚約の件はあるにしろ、それも絶対というわけではない。

 ただの一人の女性として、パートナーを選ぶ。

 それは、この上なく幸せな事のように、今の僕には思えた。


「よし、とにかく今は……!!」


 ヨッと勢いをつけて起き上がると、僕は机の上に置いてあった鉢植えへと手を伸ばす。

 目を離していたほんの半日ほどの間にも、苗はますます成長し、つぼみはさらに大きくなっていた。

 今までは、ルーナとのあまりの差にどうしようかと思っていたものだが、今は違う。

 エリアスの計画に乗っかるとするならば、聖女になるのはルーナよりも計画を知っている僕の方が良い。

 僕が聖女になれば、黒の領域への侵攻というエリアスの計画へも協力しやすくなるだろうし。

 ならば、この聖女試験、僕は勝ちに行かなければならない。

 白の魔力を全身に纏い、鉢植えをギュッと抱きしめる。

 エリアスの言うように、構ってあげれば、きっとこの苗は益々美しく成長してくれるはずだ。

 そうすれば、きっと……。


「あっ……」


 その時だった。

 いつだっただろうか。

 何度目かの助言の際に、妹が言っていたことを僕は思い出した。


『セレーネが聖女になった場合、大陸で戦乱が巻き起こるような状態になるから、平和な一生を送りたいなら、おすすめはできないかな』


 浮足立っていた心が、冷や水を浴びせられたかのように一瞬縮こまる。

 確かに、優愛の奴はそんなことを言っていた。

 ルーナが聖女にならず、僕が聖女になるというルート。

 いわゆるゲームの主人公であるヒロインにとってのバッドエンド。

 そのルートであれば、僕が死ぬことはないが、多くの人が不幸な思いをすることになる。


「いやいやいやいや、さすがにそれは……」


 あり得ない、と言おうとしたが、僕の口は止まっていた。

 本当にそう言い切れるだろうか。

 エリアスが言う"黒の国への侵攻"とは、優愛の言っていた"戦乱"と同じなのではないだろうか。

 だとすれば、僕が進もうとしている道は、果たして本当に望むべく未来への道なのだろうか。


「違うよ。違う。絶対に違う」


 ブンブンと首を振る僕。

 エリアスが、誰かを不幸にしてまで、大きな戦争を起こそうとするとは思えない。

 それに、この世界はすでに元々のゲームの展開とは大きく違ってきているのだ。

 攻略対象達が五人とも悪役令嬢に告白してくるようなこの世界で、エンディングだけがオリジナル通りなんであり得はしない。


「大丈夫だ。例え、本当に戦争が起こってしまったとしても、僕が絶対に……」

「セレーネ様」

「うわっ!?」


 背後からのアニエスの声に、僕は思わず抱きかけていた苗を落としそうになる。


「申し訳ありません。ノックをしてもお返事をいただけなかったものですから」

「い、いえ、こちらこそ、申し訳ありませんわ」


 すっかりアニエスの事を忘れていた。

 いや、実のところエリアスと一緒だった時も彼女は遠くから見守ってくれていたのだが、最近あまりにステルススキルが上がりすぎて、忘れがちになってしまう。


「ご夕食の準備を致します。もう少しだけお待ちくださいませ」

「え、ええ、今日も楽しみにしていますわ」


 僕の独り言を聴いていなかったらしいアニエスにホッとする。

 再び苗へと目を向けた僕。

 瑞々しい葉を眺めながら、僕は改めて、白の魔力を籠める。

 不安がないと言えば、嘘になる。

 でも、エリアスが示してくれたみんなが幸せになれるルートを捨てる気にはなれない。

 たとえ、何があろうと、僕はこの道を進む。

 腹を決めた僕は、さっきよりもギュッと、鉢植えを抱きしめたのだった。

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