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252.お兄ちゃん、碧の王子に告白される

"黒の存在を排除し、聖女の必要性を無くすこと"。

 それは、僕にとって、あまりにも魅力的な提案だった。

 聖女になる必要性が無くなれば、僕もルーナも将来の"自由"を得ることができる。

 どちらかが犠牲になることもなく、二人とも、自分で未来を選ぶ権利が得られるというわけだ。

 思わず、顔が綻びそうになる。

 どちらも聖女にならない。

 そんな選択肢があるなんて、想像だにしなかった。

 今僕の悩みの中心は、聖女になるという事に集約されている。

 ルーナとのこともそう。

 攻略対象達とのこともそう。

 破滅エンドのこともそう。

 エリアスの提示してくれた新たな選択肢は、まごうことなく、僕にとって最上の選択肢に他ならない。


「セレーネ様が望む、望まざるに関わらず、僕は今言った目的のためにこれからも行動するつもりです」

「それが可能ならば、私も望むところです。一人に頼ることのない世界になるならば、それに越したことはありません」


 僕の言葉を聞いて、少しだけエリアスがホッとしたように息を吐いた。


「良かった。勝手な事をしないでと言われないかと、内心冷や冷やしていました」


 素をさらけ出すような言い方に、思わず僕も笑いそうになる。


「ふふっ。ですが、本当にエリアス様は凄いのですね。黒の領域を無くしてしまおうなんて、考えもしませんでしたわ」

「3年前から、ずっと考えていましたから」

「3年前?」

「ええ、あなたと初めて出会った、あの時から」


 そう言うと、エリアスは僕の手に優しく触れた。


「な、何を……?」

「考え続けていました。どうすれば、貴女を手に入れられるのか、をです」


 手を取ったまま、僕の瞳を食い入るように見つめるエリアス。

 そこには、先ほどとはまた違った熱が籠っていた。

 完全に油断していた。

 この瞳はそう、レオンハルト達と同じ……。


「聖女候補であり、レオンハルト様の婚約者でもあるセレーネ様。そんな貴女を手に入れるのは、並大抵の事ではありません。ですから、並大抵ではない事をしようと、僕は決めたのです」

「そ、それが、黒の領域を消す、ということですか……?」

「はい」


 常軌を逸している。

 確かに、聖女という存在を無くし、さらに自身が黒の領域を消した功労者ともなれば、他人の婚約者とはいえ、一公爵令嬢である僕を手に入れられる可能性は高くなるだろう。

 あるいは、僕が聖女になってから聖女の必要性を無くすことで、何者でもなくなった僕と契りを結ぶつもりなのかもしれない。

 どちらにしろ、目的に対して、手段があまりにも壮大すぎる。

 でも、彼の目には一切の迷いがない。

 そこまでしても、僕の事を手に入れたいという強い意志。

 あまりにも強い情愛に、僕は言葉を発することさえできず、その瞳をただただ見つめ返していた。

 むず痒いような、嬉しいような、何とも言えない、でも、幸福な気持ち。

 その男としての度量にあまりの大きさに、僕は元同性としても、感嘆せざるを得なかった。


「少しだけ待っていて下さい。あなたを必ず僕のものにしてみせますから」

「エリアス様……」


 大切なものを扱うように、遠慮しがちな彼の腕が僕の肩を抱いた。

 レオンハルトと違って、鍛えられていない、普通の男の子の腕。

 それでも、今だけは、その細い身体が、これ以上ないくらいに頼りがいがあるように感じられた。

 そして、彼はやがて、名残惜しそうに僕の肩から手を放した。


「最後に一つだけ、セレーネ様にお伝えしておきたいことがあります」

「な、何でしょうか?」

「あの試験官についてのことです」

「コリック先生の……?」

「ええ」


 少しだけ目を細めながら、彼は続ける。


「彼をあまり信用しないようにして下さい」

「信用するな、ですか……」


 まあ、元々あの人の事はあまり信用していないけど。


「彼の素性を調べました。ルカード様と同様、白の国の聖職者であることに間違いありませんが、彼がその立場になったのはほんの最近のことです。白の教会に入信する前の彼の出自については、調べてもはっきりとはわかりませんでした」

「いきなり現れて、いきなり試験官に抜擢された、ということでしょうか?」

「ええ。そして、そのプロセスもはっきりしません。普通はルカード様のように、何年も聖職を勤め上げた実績と強い魔力を持つ人材が選ばれるはずです。ですが、彼については、魔力を使えるのかどうかすら不明で、人選に関しては不透明なところだらけなのです」


 ふむ、エリアスがこう言うということは、碧の国の諜報部が捜査しても、それ以上の事がわからなかったということだろう。

 優愛の奴も「隠された素顔がなんちゃら」とか言っていたが、本当に得体が知れないな。

 とはいえ、白の国で平然と暮らしているのだ。

 邪教徒ではないことは断言できるが、なんにせよ油断はしない方が良さそうだな。


「わかりました。彼と会う時は、二人きりにならないように注意致しますわ」

「それが賢明です。僕も呼んで下されば、すぐに参りますので」

「あ、そういえば……」


 僕はとあることを思い出した。


「エリアス様は、コリック先生の顔に、なんだか思い当たる節があったようでしたが……」


 彼がコリック先生と出会ったのはこれまで2回。

 湖畔の道で、僕と共に初めてコリック先生の顔を見かけた時と、演説練習の移動中にたまたま出会った時だ。

 2回目の時は、はっきりとこれまで出会った事がないかと、コリック先生に問いかけたエリアスだったが、彼は明確に否定していた。


「彼が少し僕の知っている人物に似ていたのです」


 そう言いながら、彼はなぜか、胸元にしまったあの計画書に触れた。


「ですが、あり得ないことです。彼はもう……」


 言葉を途切れさせたエリアス。

 そのまま彼が続きを言うことはなく、僕らは自然と帰路についた。

 帰り道の最中もずっと僕は、エリアスが提示してくれた望むべく未来を夢想していたのだった。

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