251.お兄ちゃん、新たな選択肢を得る
「僕が、"聖女"という存在を終わらせます」
「………………えっ?」
聖女という存在を終わらせる?
いきなりの意味の分からない言葉に、思わずポカーンと口を開ける僕。
だが、エリアスは冗談を言ってる風でもなく、真剣な眼差しで黒の大樹を眺めている。
いや、睨みつけていると言った方が正しいかもしれない。
その強い視線が、あまりにも彼らしくなくて、僕の戸惑いは益々加速していく。
「そ、それは、どういう……」
「ずっと考えていました」
エリアスは、一度目を閉じると、そのまま語り始める。
「聖女という存在。それはある意味で、生贄と変わらないのではないか、と」
「エ、エリアス様……!!」
思わず、人なんているはずもないのに、僕は周囲を見回してしまう。
聖女の存在否定。
そんなことが教会関係者の耳にでも入れば、如何に王族と言えども、なんらかの処罰を受けるのは間違いない。
二人っきりの場とはいえ、その危うい発言に、先ほどとは違った意味で僕の心臓がドキリと跳ねた。
しかし、僕のそんな焦りを知ってか知らずか、エリアスは構わず話を続ける。
「聖女になった女性は、自分の人生を犠牲にして、人々のために尽くさなければならない。確かに名声は得られるかもしれませんが、自由もなく、束縛された人生が果たして幸せなのか。僕には、決してそうは思えません」
苦虫を噛み締めるように顔を歪めたエリアス。
その表情を見て、出会った頃の彼の姿が頭をよぎった。
初めて会った時のエリアスは、ずっと部屋に引き籠っていた。
外界との繋がりをできるだけ排除し、従者すら傍におかず、ただ唯一シャムシールだけを心の拠り所に生きていた。
だからこそ、彼には容易に想像ができてしまうのかもしれない。
一人でいることの辛さや危うさが。
「セレーネ様がそんな立場になるかもしれないと考えた時、僕にはそれがどうしても我慢できませんでした」
「エリアス様……」
過去の自分と起こり得る未来の僕の姿が、重なったのだろう。
あまりにも優しいその言葉を聞いて、思わずキュンと胸が高鳴る。
「だから思ったのです。聖女という存在を無くすことができれば、セレーネ様も、そして、ルーナさんも自由に生きられる、と」
「で、でも、そんなこと不可能ですわ!」
もし、聖女というシステムを無くしてしまえば、どうなるのか。
黒の領域はその範囲を大陸全土へと広げ、瘴気は多くの魔物を生むだろう。
あるいは、人々すらも、魔物へと姿を変えてしまうかもしれない。
この大陸の安寧のためには、聖女の存在は必要不可欠だ。
「黒の領域が存在する以上、聖女様がいなくなってしまえば、この大陸は……」
「ええ、ですから、僕は考えました。聖女という存在を無くすために必要な事は、黒の領域を消し去ることであると」
黒の領域を消し去る……。
あまりにも突飛な発言に、先ほどよりもさらにポカンとする僕。
だって、そうだろう。
黒の領域、あるいはそれを生み出す黒の大樹は、かつて存在した魔王がこの大陸にかけた呪いに他ならない。
実に200年以上もの間、誰にもどうにもすることができなかったそれを消し去ることなんて、おおよそできるビジョンが浮かばない。
現役の聖女様の力でも、黒の領域の拡大を食い止めることがやっとなのだ。
それを消し去ってしまうなんて、想像もできはしない。
呆然と佇む僕の前で、彼はどこからかメモ帳のような紙の束を取り出した。
「それは……?」
「これは、学園に入学する少し前、城の書庫で見つけたものです。内容は、"黒の領域への侵攻についての計画案"」
「えっ……!?」
なんという物騒な計画書。
なんで、そんなものが城の書庫に……?
「もしかして、かなり古いものなのでしょうか……?」
「僕も、最初は魔王戦役の頃の古いものが、たまたま残っていたのかもしれないと思いました。しかし、紙の質を見ても、これは明らかにここ数年のうちに書かれたもの。そして、その中身も、昨今の戦力状況等を冷静に分析したものでした」
「い、いったい誰がそんなものを……」
「心当たりはありますが、まだ確証はありません。しかし、誰が書いたにせよ。この計画書の内容は、十分に考慮に値するものだと僕は判断しています」
パラパラと紙束をめくりながら、彼は言う。
学園でもトップの成績を誇り、"碧の国の叡智"なんて呼ばれ方さえしているエリアスだ。
彼が断言するということは、その計画書は、確かに実現性のあるものなのだろう。
「もちろん、多少修正が必要なところはあります。ですが、この計画書を元に、黒の領域への侵攻作戦を実際に行うことができれば、あるいは黒の大樹を排除し、大陸から一切の"黒"を排除することさえ可能かもしれません」
「にわかには……信じられませんわ」
「そう思う気持ちも当然かと。ですが、僕は本気です」
言葉通り、どこまでも真剣な瞳を向けるエリアス。
その瞳の奥には、これまで見せたことがないような、熱い何かが伺えた。
「その証拠に、碧の国ではすでに僕主導で計画の準備を進めています。そう遠くない未来、黒の領域への侵攻作戦は開始される運びとなるでしょう」
「ほ、本当に……」
「はい、間違いなく」
黒の領域を排除し、聖女の必要性を無くす。
そのあまりにも壮大なスケールに、全く思考が追い付いてこない。
けれど、エリアスの真剣な表情を見ていれば、それが夢物語ではないのかもしれないと思えてくる。
もし、本当に僕もルーナも聖女になる必要がないのだとすれば……。
気の置けない友人たちと学園で思うままに過ごし、自分の心のままにパートナーも選ぶことができる。
それは、僕にとって、あまりにも魅力的な未来の光景だった。
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