246.お兄ちゃん、羊肉を食べる
さて、白の国アルビオンは巨大なテーブルマウンテンの上に建造された都市だ。
必然、国土はそれほど大きくはなく、都市機能も白の教会のあるこの街にほぼほぼ全て集約されている。
ここだけを見れば、ミアと出かけたこともあるジ・オルレーンほどではないにしろ、かなりの大都会であることは間違いなく、白い建物ばかりが立ち並んでいることからも、初見の人はとにかく迷いがちだ。
とはいえ、僕はこの1年間で、この街には度々足を運んで来た。
特に聖燭祭の期間中は、ルーナと一緒に何度も教会へと足を運んだり、食事を摂りに出かけた事もあり、いつしかそれなりに詳しくはなっていた。
「ここが白の教会……」
目の前に聳える荘厳な雰囲気の教会。
そして、その背後に構える巨大な白亜の塔の眺めながら、シルヴィがポカンと口を開けている。
それを注意しようとしたらしいアニエスだったが、横に並んで同じくポカンと見上げているミアの姿を見て、ふぅと、息を吐いた。
なんだかんだ、アニエスも甘いらしい。
そんな麗しい姉妹の様子を微笑ましく見守りながらも、僕は説明する。
「アルビオンの建国当時に建設されたこの教会は、白の国の行政機関としての顔も持っていますの。そして、後ろに控える純白の塔の上では、常に聖女様が祈りを捧げて下さっているのですわ」
「凄いですわ。私も早く聖女様をひと目拝見したいですわ」
「ははっ、聖女様が直接国民の前に姿を現す機会は、聖燭祭の時くらいだからね。それも今年は聖女候補である姉様が代行したんだけど」
「聞き及んでいます。聖女様の代わりをお務めになるなんて、本当にセレーネ様は凄いのですね……」
シルヴィが、キラキラとした視線で僕を見つめて来る。
まあ、僕だけじゃなくて、ルーナも一緒だったんだけどね。
と、その時だった。
僕を見つめるシルヴィのお腹がきゅ~と鳴った。
「あっ……」
顔を真っ赤に染めるシルヴィの手をミアが取る。
「うふふ、先のお食事に致しましょう。観光はまたその後ですわ」
そうしてやってきたのは、アルビオンの中でも特に有名な羊肉専門店だった。
羊はアルビオンの歴史において、切っても切れない存在だ。
白の国は碧の国や紅の国と比べて、歴史が浅い。
魔王との戦いの少し前に建国されたばかりの国であり、せいぜいその歴史は2~300年と言ったところ。
前身であるバーミリオンから数えれば、1000年以上の歴史を持つ紅の国とは比べるべくもない。
元々白の国は、様々な理由で紅と碧、それぞれの国から追われた立場の人々が建国した国である。
それゆえ、テーブルマウンテンの上という、かつては人が住むには厳しい環境で生活せざるを得ず、その際に人々の命を繋いだのが羊だった。
他の家畜と比べ小さな羊は、山岳地帯の移動にも耐え、どんなものでも食べる健啖な性質は飼料の少ないこの場所には最適だった。
その乳は脂肪とタンパク質を豊富に含んでおり、つぶして食肉としても保存が効いた。
今でこそ、より生産性の高い牛や豚などの家畜が食卓のメインにはなっているが、未だに羊肉を好む層は多く、街中にも羊肉を専門で扱う料理店が数多くある。
白の国に来たばかりのミアとシルヴィを連れて来るには、これ以上の場所はないだろう。
「楽しみですわ」
両の手を合わせて、微笑んでいるミア。
その横のシルヴィは、緊張しつつも、早く食べたいという気持ちが顔からにじみ出ている。
そして、そう待たされることもなく、料理がやってきた。
お皿に乗せられたそれは、まさに肉そのものといった雰囲気で、香ばしいスパイスの匂いを周囲に充満させている。
いわゆるラムチョップというやつ。
碧の国の上品な料理とは少し違う、ワイルドなその佇まいに、ミアもシルヴィも目を仰天させている。
「す、凄い迫力ですわ……」
「あ、あの、ナイフとフォークは……?」
「そんなもの使いませんわ」
僕は自分の目の前に置かれた皿の上にあるラムチョップを両手でつかむ。
ギョッとするミアの前で、僕は肉汁滴るそれに、ガブリとかぶりついた。
「もぐもぐ……うーん、やはりこの肉感はクセになりますわね」
「お、お姉様、少しはしたなくては……」
「ミア様。ここでは、ああやって食べるのが流儀なのです」
「そ、そうなのですか……!!」
アニエスからそれを聞くと、目を輝かせたミアは、さっそく僕の真似をして羊肉に食らいついた。
そして、ぱちくりと目をしばたたかせる。
「なんて濃厚な……おいしいですわ! お姉様!!」
「でしょう」
すると、そんなミアの様子を見たシルヴィも、小さな口でカプリと噛みつき、恍惚な表情を浮かべた。
その後は夢中で、ラムチョップを食らう。
どうやら、二人とも口に合ったようだ。良かった良かった。
「ん、フィンは食べないのですか?」
「えっ……?」
目の前に食事が運ばれてきていることに今気づいたとばかりに、フィンが口を開いた。
「ああ、ごめん。ちょっと食欲がなくて……」
「大丈夫ですか? 何だか、顔色も悪いみたいですが」
少し心配になって、ラムチョップでベタベタになった指をフィンガーボールで洗うと、僕はフィンの額に触れた。
「ちょ、ね、姉様……!!」
「うん、熱はないみたいですわね」
「だ、大丈夫だから……!!」
必要以上に慌てふためくフィン。
むぅ、昔はこんなことあたり前だったじゃないか。
「ね、姉様がそんなだから、みんな……」
「何か言いまして?」
誤魔化すようにラムチョップに口をつけたフィンを僕は疑問符を浮かべながら、眺めていたのだった。
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