240.お兄ちゃん、神官様に告白される
放課後の女子学舎。
人気の少なくなった教室の中に、僕とルカード様。たった2人だけがいた。
「ここに来るのも、少しだけ久しく感じますね」
学園の講師すらも辞職したルカード様は、学舎に入るのもおよそひと月ぶりだろう。
教室の様子をゆっくりと眺めた後、彼は窓の外の風景に目を向ける。
そよ風と共に舞う花弁が、青空に模様を描くようにして流れていく。
ふと差し出した手の平に、ひとひらの花を包み込むように握ると、ルカード様は振り返った。
「セレーネ様、まずは謝罪をさせて下さい。何も伝えず、試験官を辞めたこと、本当に申し訳ありませんでした」
律儀に頭を下げるルカード様。
少し前だったら、僕は怒ったかもしれない。
でも、今はもう、彼がなぜ試験官を辞めたのか、僕は知っている。
「あ、頭を上げてください! ルカード様……」
「私は、もう、あなたには会わないつもりでいました」
「えっ……」
伏し目がちに床を見つめたルカード様は、視線を外しながらも話を続ける。
「会ってしまうと、きっと自分の気持ちを抑えられなくなる。そんな直感が、自分の中にあったからです」
「ルカード様は、やはり、その……」
「はい。セレーネ・ファンネル様」
彼は真っすぐに僕を見据えると、いつもの穏やかな笑みのまま、口を開いた。
「私は、あなたのことをお慕い申し上げています」
ドクンと自分の鼓動の音が耳朶を打った。
どこまでも澄んだルカード様の瞳。
眼鏡越しでもはっきりとわかるその誠実な視線が、僕の脳を蕩けさせていくかのようだ。
「今日、あなたが私を訪ねて来られた時、正直私は嬉しくて仕方がありませんでした。ずっとあなたに会いたくて、会いたくて、仕方が無かった。あなたに会えなかった間、私の目は色を捉えることを忘れたかのように、灰色ばかりを映していました。でも、あなたの顔を見た瞬間、まるで魔法のように世界が色づいたのです」
なぜだか遠い昔の思い出話をするような口調のルカード様は、再び握り込んだ拳を開いた。
手の平にあったピンク色の花弁が、風に舞うように窓の外へと滑る。
その景色を愛おしそうに眺めながら、ルカード様は一言一言大事そうに言葉を紡ぐ。
「時にあなたはまるで母のようで。かと思えば、妹のようで。あるいは同輩のようで。色々な顔を見せてくれるあなたに、いつしか私は自分でも驚くほどに惹かれていました。同時に、こんな気持ちを持ってはいけないと、自分の心に蓋をしていたのです。でも、今日再びあなたに出会って、そんなものはどこかに吹き飛んでしまったかのように、我慢ができなくなってしまいました。あなたという色を知ってしまった私には、もうそれがない世界など考えられない」
その時、ひときわ強い風が、窓の外から吹き込んだ。
揺れるカーテンに赤銅色に、ルカード様の銀の髪が、波のように揺れた。
「聖女になったあなたと、私はどこまでも共に在りたい。それが、ずっと秘めていた私の願望です」
清々しい彼の笑顔が、ひときわに胸を打つ。
ルカード様が、僕の事をそんな風に思ってくれていたなんて……。
レオンハルトからの好意以上に、僕はちっとも気が付いていなかった。
彼はいつも優しかったし、年上としての余裕を持って僕を見守ってくれていた。
でも、それは、僕だけではなく、誰に対してもそうだと思い込んでいた。
彼は僕の事を母だとか妹だとか言ったけど、僕も彼の事を兄のように感じる時もあった。
そして、その顔を思い浮かべると、いつも穏やかな気持ちになれた。
ゆっくりとした二人だけの時間。
それをルカード様も大切に思ってくれていたのが、僕にはとても嬉しく感じられた。
「最後の聖女試験。試験官という立場ではありませんが、共に見守らせていただきたく思っています」
「はい……」
「どんな結果になろうとも、受け入れる気持ちはあります。でも、叶うならば……」
少しだけ切なげに目を伏せたルカード様は、それでも僕向けて、精一杯の笑顔を向けたのだった。
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