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240/344

240.お兄ちゃん、神官様に告白される

 放課後の女子学舎。

 人気の少なくなった教室の中に、僕とルカード様。たった2人だけがいた。


「ここに来るのも、少しだけ久しく感じますね」


 学園の講師すらも辞職したルカード様は、学舎に入るのもおよそひと月ぶりだろう。

 教室の様子をゆっくりと眺めた後、彼は窓の外の風景に目を向ける。

 そよ風と共に舞う花弁が、青空に模様を描くようにして流れていく。

 ふと差し出した手の平に、ひとひらの花を包み込むように握ると、ルカード様は振り返った。


「セレーネ様、まずは謝罪をさせて下さい。何も伝えず、試験官を辞めたこと、本当に申し訳ありませんでした」


 律儀に頭を下げるルカード様。

 少し前だったら、僕は怒ったかもしれない。

 でも、今はもう、彼がなぜ試験官を辞めたのか、僕は知っている。


「あ、頭を上げてください! ルカード様……」

「私は、もう、あなたには会わないつもりでいました」

「えっ……」


 伏し目がちに床を見つめたルカード様は、視線を外しながらも話を続ける。


「会ってしまうと、きっと自分の気持ちを抑えられなくなる。そんな直感が、自分の中にあったからです」

「ルカード様は、やはり、その……」

「はい。セレーネ・ファンネル様」


 彼は真っすぐに僕を見据えると、いつもの穏やかな笑みのまま、口を開いた。


「私は、あなたのことをお慕い申し上げています」


 ドクンと自分の鼓動の音が耳朶を打った。

 どこまでも澄んだルカード様の瞳。

 眼鏡越しでもはっきりとわかるその誠実な視線が、僕の脳を蕩けさせていくかのようだ。


「今日、あなたが私を訪ねて来られた時、正直私は嬉しくて仕方がありませんでした。ずっとあなたに会いたくて、会いたくて、仕方が無かった。あなたに会えなかった間、私の目は色を捉えることを忘れたかのように、灰色ばかりを映していました。でも、あなたの顔を見た瞬間、まるで魔法のように世界が色づいたのです」


 なぜだか遠い昔の思い出話をするような口調のルカード様は、再び握り込んだ拳を開いた。

 手の平にあったピンク色の花弁が、風に舞うように窓の外へと滑る。

 その景色を愛おしそうに眺めながら、ルカード様は一言一言大事そうに言葉を紡ぐ。


「時にあなたはまるで母のようで。かと思えば、妹のようで。あるいは同輩のようで。色々な顔を見せてくれるあなたに、いつしか私は自分でも驚くほどに惹かれていました。同時に、こんな気持ちを持ってはいけないと、自分の心に蓋をしていたのです。でも、今日再びあなたに出会って、そんなものはどこかに吹き飛んでしまったかのように、我慢ができなくなってしまいました。あなたという色を知ってしまった私には、もうそれがない世界など考えられない」


 その時、ひときわ強い風が、窓の外から吹き込んだ。

 揺れるカーテンに赤銅色に、ルカード様の銀の髪が、波のように揺れた。 


「聖女になったあなたと、私はどこまでも共に在りたい。それが、ずっと秘めていた私の願望です」


 清々しい彼の笑顔が、ひときわに胸を打つ。

 ルカード様が、僕の事をそんな風に思ってくれていたなんて……。

 レオンハルトからの好意以上に、僕はちっとも気が付いていなかった。

 彼はいつも優しかったし、年上としての余裕を持って僕を見守ってくれていた。

 でも、それは、僕だけではなく、誰に対してもそうだと思い込んでいた。

 彼は僕の事を母だとか妹だとか言ったけど、僕も彼の事を兄のように感じる時もあった。

 そして、その顔を思い浮かべると、いつも穏やかな気持ちになれた。

 ゆっくりとした二人だけの時間。

 それをルカード様も大切に思ってくれていたのが、僕にはとても嬉しく感じられた。


「最後の聖女試験。試験官という立場ではありませんが、共に見守らせていただきたく思っています」

「はい……」

「どんな結果になろうとも、受け入れる気持ちはあります。でも、叶うならば……」


 少しだけ切なげに目を伏せたルカード様は、それでも僕向けて、精一杯の笑顔を向けたのだった。

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