239.お兄ちゃん、交渉する
「それが、君の考えというわけか」
「ええ、そうですわ」
再び訪れた学園の応接室。
優雅にお茶を飲んでいたコリック先生の前で仁王立ちした僕は、同じく隣に立つルカード様へと目くばせをした。
「コリック様。第5試験の早期決着の件、セレーネ様から伺いました」
ルカード様の言葉にも、コリック先生は動揺した様子はない。
泰然自若と構える彼の前で、ルカード様は言葉を続ける。
「"魔"の試験は、元々3か月というスパン行われる前提だったはず。如何に現時点での差が明確であるとはいえ、それを3週間も経たないうちに打ち切ってしまうのは、あまりにも……」
「原則に従うならば、そうだろう。だが、ダラダラと試験を続けることは無駄でしかない」
「ですが……」
「くどいぞ。ルカード君」
ギラリと光る眼鏡の奥の瞳。
威圧感すら感じるその瞳の前に、さすがのルカード様も一瞬言葉を噤んだ。
「今の試験官は私だ。自ら試験官の立場を退いた君に、とやかく言われる筋合いはない」
断固とした言葉に、ルカード様はショックを受けたのか瞳を閉じた。
だが、すぐに再び瞳を開くと、そこには強い意志が宿っていた。
「確かに、私は自ら試験官を辞めた立場です。ですが、それは公平な聖女試験を行うために、止む無く判断したこと」
「それは、君がセレーネ・ファンネルに個人的な感情を抱いているからか?」
は?
いや、コリック先生、何を言って……。
「……はい。そうです」
って、ルカード様……!?
えっ、どういうこと。
それってつまり、ルカード様が僕を個人的に好いているから、試験官の立場を辞めたってこと……?
僕を贔屓してしまうから、ってそういう……。
「公平に監督するだけの資質を私は持ち合わせていなかった。だから、フラットな立場のあなたに最後の試験官を代わっていただいた次第です。もし、あなたがその公平な判断力を持っていないのであれば、試験官を代わっていただいた意味がありません」
「であるから、ルーナを落とすのを止めろ、というわけか」
ふっ、となんとも言えないような雰囲気で息を吐いたコリック先生。
あの独特の味のお茶で舌を湿らすと、彼はこう続けた。
「いいだろう。君の職務への忠実さに免じて、今回だけは君の顔を立ててやる」
その言葉に、僕とルカード様は顔を見合わせる。
やはりルカード様に来てもらって良かった。
こんなにも簡単に話が進むなんて。
「だが、あくまで今すぐ失格にするのは止めるというだけだ。明後日のチェックの段階でも、もし芽が出ていないようであれば、もはや可能性はない。そこが最終判断。これ以上延ばすことはできない」
「そんな……」
せっかく試験が延長することになったというのに、たったの2日間だって!?
あくまでもシビアなコリック先生の言葉に、僕は思わず歯噛みする。
だが、僕は思い出す。
ルーナのあの決意に満ちた瞳を。
「……わかりました」
「いやに聞き訳が良いな」
「はい、ルーナちゃんは、私のライバルですから」
僕が信じないで、誰がルーナを信じると言うのか。
それに、認めたくはないが、コリック先生がこんなことを言ったのにも一理あるのだ。
延々と芽の出ない鉢植えを抱えて、閉じこもって生活するルーナ。
どの道限界は近い。
ならば、ルーナの事を信じて、最後の2日間に賭ける他ない。
「ふん。ならば、話は終わりだ。2日後の定期チェック。それまでに芽が出ていないようであれば……」
クイっと眼鏡の位置を整えながら、コリック先生は宣言する。
「セレーネ・ファンネル。お前が次の聖女だ」
「……ええ、理解しています」
深く一礼すると、僕はルカード様と一緒に応接室から廊下へと出た。
バタンと扉を閉めると同時に、フッと身体から力が抜ける。
なんとか首の皮一枚で、聖女試験の続投を掴むことができた。
「ありがとうございます。ルカード様」
「いえ、此度の原因は、私にあるといっても過言ではありませんので……」
伏せるように、それでして少し困ったように笑顔を作るルカード様。
わずかばかりの沈黙の後、彼は僕にこう言った。
「セレーネ様」
「はい、ルカード様」
「少しだけ、お時間をいただけますか?」
「…………はい」
腹を括ったようなルカード様の様子。
それを見て、僕の心臓は、また早鐘を打つように激しくなっていくのだった。
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