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023.お兄ちゃん、癒しの力を使う

 シャムシールが飛び掛かったおかげで、空中から撃ち落とされたカラス。

 改めて動きの止まった姿を見ると、まさにまがまがしい化け物だった。

 くちばしや爪は大きく鋭く、いかにも攻撃的だ。

 間違いない。この化物ガラスは、いわゆる"魔物"と呼ばれる存在だ。

 MMORPGをやっていた時には、日々経験値の肥やしにさせてもらっていたが、この世界で見るのは初めてだった。

 確か、父の話では、魔物は人があまり寄り付かないような森の中でしか見かけないはずだが……。


「と、とにかく、なんとかしないと……!!」


 理由なんて考えるのは後で良い。

 とにもかくにも、部屋には今は2人きり、王子は突然の魔物の登場に腰を抜かしている。

 シャムシールは番犬もかくやと魔物に飛び掛かってくれているが、体格が違いすぎる。このままじゃ、遠からず魔物に殺されてしまう。

 そうだ。確か、この国で魔物をあまり見かけないのは、聖女様が常に祈りを捧げてくれているからだと聞く。

 だとすれば、聖女候補の僕にも……。


「お願い!!」


 両手を結んで、祈る。

 白き魔力には、邪を祓う力がある。

 だとすれば、僕にだって……。

 そう考えて、必死に祈りを捧げるが、何も起こりはしない。

 やはり、まだ、あくまで候補レベルの僕では、魔物を何とかできる力はないのか……。


「ああ、シャムシール!!」


 そうこうしている間にも、魔物を威嚇し続けてくれていたシャムシールに、その鋭い爪が食い込んだ。

 空中へと吹き飛ばされたシャムシールから、鮮血が滴る。


「あ、ああ……!!」


 王子の悲痛な声が響く。

 そして、今度はそんな王子の元へと……。

 ええい、聖なる力が使えないなら!!


「チェストォオオ!!」


 王子と魔物の間に立ち塞がる。

 そうして、両手を広げる。

 さすがに、一国の王子を魔物なんかに傷つけさせるわけにはいかない。

 訪れるであろう痛みに、歯を食いしばる。

 しかし、その痛みはいつまで経ってもやってこなかった。


「セレーネ様!!」


 目を開く。

 そこには、短いスカートを翻しながら、蛇腹剣で、魔物を一刀両断するアニエスの姿があった。




「すみません。お嬢様、駆け付けるのが遅れてしまい!!」


 さすが女騎士アニエス。

 鮮やかな剣技で、一撃の元に、魔物を葬り去った。

 魔物が黒い霧のようなものになって、空中へと霧散していく。

 とりあえずは、アニエスのおかげで危機は去ったようだ。


「いいえ、助かりましたわ」


 健在をアピールするように、笑顔を向けると、アニエスも少しだけホッとしたように微笑んだ。


「ああ、シャムシール……シャムシール!!」


 だが、無事では済まなかった者がいた。

 王子と僕を守るために、身体を張って、魔物へと飛び掛かっていったシャムシール。

 見れば、腹部が大きく裂け、大量の血がそこから流れ出ていた。


「し、死なないでくれ!! シャムシール!!」


 王子の悲痛な叫びが耳を打つ。

 僕も、気持ちは同じだ。

 助けてもらったのは僕も同じこと。

 こんなに可愛くて利口な猫を、亡くしてしまっていいわけがない。


「お嬢様?」


 僕はおもむろに立ち上がると、王子が抱きかかえるシャムシールに手をかざした。


「セレーネ様……?」


 王子の疑問の声すら耳から追い出し、僕は必死で自分の中の魔力に働きかける。

 ルカード様は言った。

 僕の魔力は、二度にわたるルカード様の干渉により、すでに十分に解放された状態にあると。

 魔力の流れを感じられるようになれば、やがて、魔法を使えるようになるだろうと。


(やがて、じゃダメなんだ!!)


 僕は心の中で、叫んだ。


(今こそ、聖女の力を!!)


 必死に心の中で叫び続けるうちに、僕の頭の中で、何かが切れた。

 いや、感覚が変化したといった方が良いのだろうか。

 突然、白い何かが、自分の中を駆け巡る感覚がして、僕はそれを絞り出すように両手へと移した。


「ヒール!!」


 自分の中で、最も言い慣れている前世での回復魔法のスタンダードな呼び名と共に、絞り出した白き魔力を傷ついた猫へと向ける。

 すると、裂けていた腹がみるみる治っていく。


「こ、これは……!!」


 10秒もする頃には、シャムシールはすっかり元通りになった。

 それを証明するかのように、ぱちりと目を開いたシャムシールは、まるでお礼を言うように、僕の肩に飛び乗ると、耳をぺろりと舐めた。


「ふぅ……よかっ……」


 その時だった。

 虚脱感に襲われ、僕の意識はシャムシールの金色に光る瞳を刻みつけたまま、ブラックアウトした。 

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