226.お兄ちゃん、聖花を育て始める
寮の僕の部屋。
朝日に照らされた室内。
わずかに開かれたカーテンを揺らす春風。
そして、光に照らされるように置かれた、ほんの小さな鉢植え。
寝間着のまま、背もたれにも両腕を預けるようにして、その穏やか風景を眺めながら、僕は昨日の出来事を思い返していた。
最後の聖女試験である"魔"の試験。
その試験官を務めるのは、これまでずっと僕らを見守ってくれていたルカード様ではなく、この春から学園にやってきたばかりのコリック先生だった。
聖職者が着る白い外套を羽織っていたので、彼も教会関係の人間であるとは思っていたが、まさかルカード様の代わりの試験官であるとは、露とも考えていなかった。
最初に湖畔の道で出会った時、ルカード様と一緒に白亜の塔の方へと向かっていたのは、その引継ぎのためだったのだろう。
少しショックだったのは、試験官を辞退したのがルカード様本人だということだ。
ゲームでは、ルカード様は最後まで試験官を務めあげた上に、そもそもコリック先生は、聖女試験後の物語となる続編の登場人物だったはずだ。
本編とのズレは、さらに大きく広がっているように感じる。
とにもかくにも、ルカード様とは、一度会って話をしてみた方が良いだろう。
どうやら、彼は試験官だけではなく、学園の先生の方も辞職してしまったらしく、今は教会勤めをしているようだ。
タイミングが会った時に、一度足を運んでみることにしよう。
「ルカード様の件はそうするとして……」
さっきからずっと眺め続けている鉢植え。
これこそが、"魔"の試験の課題となるものだった。
昨日のうちに、この鉢には、とある種を植えている。
それは、"シーダ"と呼ばれる、白の魔力を糧に育つ、不思議な植物である。
聖燭祭の行われた、あの円形の儀式場を囲むように植えられていた白い花がそれで、あれらも全て、聖女様の放つ白の魔力を養分に育っているのだそうだ。
つまるところ、これは聖女候補の持つ"白の魔力"そのものが試される試験。
白の魔力を毎日注ぎ、いかに立派にこのシーダの苗を育て上げたかによって勝敗が決まる、というわけだ。
ただ単純に強い魔力を与え続ければ良いというわけではないらしく、大切に手をかけて育ててあげることが必要となる。
指定された期日はおよそ3か月後。夏休み前には決着がつく。
長いような短いような……。
ともかく、今はまだ芽さえ出ていない、この鉢植えと向き合っていくしかない。
「水もあげたし、魔力も注いだ。とりあえずはオーケーだと思うけども……」
昨日のうちに、僕もルーナもルイーザから花を育てるひととおりのレクチャーは受けている。
一般的な花とは違うところも多いが、それでも、手をかけてあげる、という意味では、ルイーザから教えてもらったやり方で間違いないはずだ。
と、その時、コンコンと扉がノックされた。
アニエスが来たようだ。
朝の支度を終えれば、今日も学園での1日が始まる。
脳裏に浮かぶのは、ビアンキさんと聖女様の姿だった。
刻一刻と迫って来る決着の時。
試験はもちろんだけど、悔いのないように過ごそう。
そう心に決めつつ、僕はアニエスを部屋に迎え入れるべく、扉を開いたのだった。
そうして、1週間ほどが過ぎた頃。
「おおっ!?」
朝起きて、鉢を確認すると、そこにはほんの小さな芽がむくりと立ち上がっていた。
小学校でホウセンカを育てた時も、こんな感じだっただろうか。
少し湿った土の中から、ひょっこりと顔を出した姿が、なんだか愛らしい。
「ルイーザも、植物はまず芽出しが大事って言ってたもんな。とりあえず最初の関門クリアってとこか」
嬉しくなって、鉢植えを持って、僕はクルクルと部屋の中を回った。
しかし、すぐにその足が止まる。
抱きしめた鉢植えとシーダの苗の芽を眺めつつ、僕はゆっくりとそれを机の上へと下ろした。
そして、自身も椅子へと腰を下ろす。
小さな芽を眺めつつ、僕は考える。
この後に及んで、僕の心はまだ迷いに支配されていた。
聖女になるべきか、それとも、ならないべきか。
破滅エンドを回避する、という名目で言えば、答えは"ならないべき"ということになるだろう。
とはいえ、これだけ本来のゲームとは変わってきている世界だ。
ゲームのように本当に破滅エンドが訪れる可能性というのは、それほど高くないと、今の僕は考えている。
それに、僕が聖女にならなかった場合、聖女になったルーナが孤独な道を歩むことになるのは確実だ。
天真爛漫なルーナが、聖女という重責を負うのを僕は心のどこかで拒絶している。
でも、だからと言って、自分が聖女になりたいかと言うと……。
「聖女なんて存在。本当は無い方が良いんだろうな」
こんなことを教会関係者の前で呟けば、きっとすぐさま聖女候補としての資格を取り上げられてしまうだろう。
それでも、内心で僕はそんな風に思っているし、おそらく現役の聖女様だって、心の内ではそう思っているはずだ。
だが、黒の領域は、聖女様がいなければ抑え続けることはできない。
人々が安寧に暮らしていくためにも、聖女というシステムそのものを無くしてしまうわけにはどうしてもいかないのだ。
「ゲームを作った人は、何を考えてこんな設定にしたんだろうな」
物語として、そうした方が面白いから、と言ってしまえば、それまでなのだが、自分が当事者になってしまえば、恨み節を呟きたくもなるというもの。
ベッドの上にダイブし、ゴロゴロと転がる。
頭の中で葛藤のループを続けていると、ふと、僕は思い出した。
「そういえば、1週間ごとに、試験官のチェックがあるんだったな」
シーダの苗を育て始めて、ちょうど1週間。
今日は、一度コリック先生に苗の様子を見てもらうことになっていた。
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