223.お兄ちゃん、さらにドキドキする
アルビオン学園が誇る大講堂。
第3試験で散々利用したそこは、今日は当然誰もおらず、静けさが場を満たしている。
最前列ど真ん中の席へと腰を下ろしたコリック先生は、その長い足を優雅に組んだ。
「さあ、やってみせろ」
「は、はい……!!」
いきなり本番さながらの練習だ。
とはいえ、講堂のステージを使うのは初めてじゃない。
第3試験の際に距離感はバッチリ把握しているので、僕は歩数まで完璧に登壇から降壇までこなしてみせた。
「悪くない」
またもや、彼にとっては最大級の賛辞。
「だが、まだできる」
と、ここから指導が入る。
歩き方から、視線、身振り手振り。
なるほどなるほど。
「もう一度だ」
「はい!!」
鬼コーチの指導に応えるように、指摘されたところを意識してもう一度。
すると、今度こそ、コリック先生は及第点をやろうとばかりに、小さく拍手をしてくれた。
「いいだろう。必要十分だ」
「ありがとうございます!!」
ついに否定語じゃない賛辞が来た!!
いやぁ、頑張った甲斐があったなぁ。
「明日も期待している」
「は、はいっ!!」
なんだか無性に嬉しくて、淑女らしからぬ全力の笑顔でそう答えてしまった僕。
すると、先生が露骨に目を逸らした。
「ん、どうかしましたか。先生?」
「ふむ、これがあいつの言っていた……」
なにやらブツブツと呟いた先生は、席から立ち上がると、そそくさと壇上へと上がってきた。
足早に長身の男性が近づいてくるのには、若干の恐怖を感じる。
「せ、先生……?」
「セレーネ・ファンネル」
「あ、はい……」
先生が眼鏡を外す。
どうやら、あの眼鏡、やはり度が合っていないらしい。
外した途端に、しゃっきりと目を開いたその顔は、昨日も感じた通り、王子達にも劣らぬ美形だ。
その上、彼らにはない、大人の魅力のような、フェロモンのようなものを感じて、なんだか頭がクラクラと……。
「あれ……」
気づくと、僕はぺたりと床に座り込んでいた。
大人の色香に腰でも抜かしてしまったんだろうか。
急に恥ずかしくなって、慌てて立ち上がろうとするも、なんだか上手く身体が動かない。
「大丈夫か?」
跪いた彼が、手を差し伸べてくれる。
「あ、ありがとうございます」
戸惑いつつもその手を取ると、グッと彼は僕の身体を持ち上げてくれた。
そして……。
「えっ……!?」
そのまま勢い余って、彼の胸に抱きしめられる僕。
身長差があるので、ちょうど胸の辺りに僕の顔が来る。
細身に見えるが、意外とガッシリとしたその胸板に、またもこうフェロモン的なアレが……。
いや、というか、何この状況!?
「あ、あの……」
「黙っていろ」
「え、あ、はい……」
抱きしめられた状態のまま、ジッと時が過ぎる。
早鐘を打つように鳴り続ける鼓動。
なまじ喋ることもできないからこそ、自分の心臓の音がえらくはっきりと感じられる。
彼にもこの音が伝わってしまっているのだろうか。
そう考えるだけで、ますますドキドキが高まっていく。
ア、アニエース!!
どこかで見てるんでしょー!!
助けてー!!
今日も僕の気にならないよう護衛をしてくれているであろうアニエスに、心の中でヘルプを送るも、どうやら届かない。
どうすることもできず、ただただ時が過ぎるのを待っていると、やがて先生がゆっくりと僕の身体を離した。
「せ、先生……?」
「どうだ。ドキドキしたか?」
「えっ!?」
「しなかったか? だったら、もう一度」
「ふぇっ!? しました!! ドキドキしました!!」
「そうか。なら良かった」
本当に何なんだ!?
何が目的だ!!
こちらの気も知らないで!!
と、僕の心の中での講義の声にも気づきもせず、彼は興味を失ったように、くるりと背を向けた。
「え、えーと……」
「帰るぞ。さっさと来い」
「あ、あー、はい……」
この人、絶対結婚したら亭主関白だろうなぁ……。
って、変な妄想してるんじゃあねえ。
本当に頭女子になってんなぁ、最近。
「早くしろ」
「わかってますわ!!」
一方的に振り回されている現状にイライラしつつも、僕は足早にその背を追いかけるのであった。
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