222.お兄ちゃん、腐る
あくる日、再び先生の元へとやってきた僕は、今日も今日とて演説練習に精を出していた。
「ふぅ、これでいかがだったでしょうか?」
内容もしっかりと暗記し、視線や所作までも意識して、完璧に読み上げたという自信があった。
期待を込めた視線をコリック先生に向けると、彼もまた、コクリと頷く。
「悪くない」
否定語を使いがちな彼の最大級の賛辞。
胸のうちで、よっしゃ、とガッツポーズしつつ僕はソファへと座り込んだ。
コリック先生との練習は緊張しっぱなしで、精神的な疲労が溜まりがちだ。
虚脱感に身を委ねていると、意外な事に、先生が飲み物を差し出してくれた。
「飲んでおけ」
「あ、ありがとうございます」
ありがたく差し出されたお茶を頂く。
うむ、苦味があって、少し独特な風味だが悪くない。
「珍しいお茶ですわね」
半ば質問するようにそう呟いた僕だったが、彼は答えぬままに自身もカップに口をつけた。
なんというか、お茶を飲む姿が凄く様になってるなぁ。
レオンハルトやエリアスは、こう気品溢れる飲み姿を見せてくれるものだが、コリック先生のそれは、できる上司というか。
前世でいうところのエリートサラリーマンのような雰囲気がある。
お茶もどことなく缶コーヒーに見えてきたぜ。
腕時計でもつけていれば、まさに完璧だな。
「この後だが、実際に演説を行う講堂に行くぞ」
「あ、はい」
歓迎会はもう明日だ。
最後に、当日とまったく同じ場所で、リハーサルをしようというのだろう。
やれやれ、まだまだ肩の荷はおりそうにないな。
そそくさとお茶を飲み干すと、僕は立ち上がった。
「そう言えば、コリック先生を授業でお見かけしませんわ」
新任教師ということだから、さっそく僕らの授業も受け持っているかと思いきや、未だ彼が教壇に立っているところを見たことがない。
「私の立場は少し特殊だからな」
「特殊? それって……」
「無駄話はいい。そろそろ行くぞ」
「あ、はい……」
気難しそうな顔つきで、お茶を飲み干した彼に続き、僕は講堂へと移動する。
放課後なので、女子学舎に人の姿は多くないが、わずかばかり残っている生徒達が、チラチラとこちらを見ていた。
さっきも言った通り、コリック先生はまだ教壇で姿を見かけることはなく、その存在を知っている生徒も少ない。
となれば、当然あのイケメンティーチャーは誰? となるわけで。
そんな彼と一緒にいるのが、学園一の知名度を誇る僕ともなれば、注目を集めるのも必至というわけだ。
ただでさえ、いろんな攻略対象と噂になっているっているのに、これ以上は勘弁して欲しいなぁ。
「セレーネ様」
「あっ、エリアス様」
女子学舎から講堂までの道すがら、出会ったのはまたまたエリアスだった。
春の陽気に当てられてか、最近はシャムシールとの散歩の時間を増やしているようだ。
あー、でも、ちょっとタイミングが悪いな。
あまりコリック先生と一緒にいるところを見られたくはなかったんだけども。
「碧の王子か」
「はい、エリアスと申します。先日もお会いしましたね」
「ああ、赴任したばかりのコリックだ」
最低限の言葉だけを交わし、見つめ合う二人。
な、なんだろう、このただならぬ雰囲気。
えっ、あれ。もしかしてちょっとBLな展開に突入……的な?
お互いに一目ぼれしちゃったとか。
いやいやいやいや、さすがにそれはない。
確かに一線級の美形が二人。
そういう妄想を働かせてしまうのも止む無しといったところかもしれないが、僕は元男だぞ。
さすがに、男性同士カップリングさせてしまうのは、あまりに腐りすぎている。
いやだ。僕はまだ、健全でありたい。
え、え、でも、これどっちが"攻め"でどっちが……。
あわわ、と両手で顔を覆いつつ、展開を見守っていると、先に口を開いたのはエリアスの方だった。
「失礼ですが、以前お会いしたことがありませんか?」
「いや、君と会うのは初めてだが」
「そうですか」
ふむ、と首を捻ったエリアス。
「僕の勘違いだったようです。失礼しました」
「いや、いい」
どこか事務的に感じるやり取りを終えると、彼は再び歩き出す。
「あ、先生!!」
そんな彼の背を、僕も慌てて追う。
ちらりと後ろを見ると、エリアスは特に何を言うでもなく、僕らを笑顔で見送ってくれていた。
どことなく感じる違和感。
ん-、なんなんだろう。
別におかしなところは無いはずなんだけども。
とりあえず、BL的な展開は避けられたようで残ね……良かったんだけど。
「何をボサッとしている」
気づくと、僕はすでに講堂に辿り着いていた。
「さっさと入るぞ」
「あ、お待ちくださいな!」
講堂の鍵を開けたコリック先生に続いて、僕はその中へと入っていったのだった。
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