221.お兄ちゃん、ドキドキする
こうして、歓迎会に向けた、コリック先生との二人三脚が始まった。
まずもって添削指導。
この時点からして、すでに彼は厳しかった。
精神論ばかりで具体性が無いだの、丁寧な言葉遣いで誤魔化しているだけで中身が無い、だの。
散々な言われようで、精神的なボディブローを数々喰らった僕ではあったが、彼は決して偉そうなだけではなかった。
僕のダメなところをダメというだけではなく、きちんと改善案を出してくれるのだ。
それでいて、その改善案は非常に的確であり、最初に文章を見せてからほんのわずかな時間で、いつの間にか僕の演説文章はこれ以上はないくらいの仕上がりになっていた。
「文章はそれで十分だろう。あとは、読み方だ」
「は、はいっ!!」
背筋の伸びる思いで、コリック先生の指導を受ける。
単純に読むと言っても、姿勢に視線、声の大きさに読むスピード、抑揚と驚くほどに意識しなければいけない要素は多い。
前世の卒業式で送辞や答辞なんかを読んでいた生徒会長なんかも、こんな風に練習してたんだろうなぁ。
ビシバシと指導を受けているうちに、思いのほか早い段階で、僕の演説は完成しつつあった。
「随分良くなった」
「あ、ありがとうございます」
顔つきは変わらず厳しいものの、ちゃんと褒めてくれる辺りは、この人も悪い人ではないのだろう。
「だが、もう少しブレス位置を意識しろ。役者でもやっていたのか? 変な癖がある」
「ちゅ、注意します」
完全に第3試験の時の癖だな。
とりあえず、その点さえ注意すれば、あとは及第点といったところのようだ。
何とか彼の求める基準をクリアできてホッと一安心。
ふと視線を上げると、胸を撫で下ろす僕を彼が鋭い眼光で見つめていた。
や、やっぱり威圧感が凄い……。
「あ、あの、何でしょうか……?」
「お前、最近ドキドキすることはあったか?」
「ド、ドキドキ……?」
何を聞かれているのだろうか。
とりあえず、今あなたに鋭い眼光で睨まれて若干ドキっとはしていますが。
「と、特には。穏やかに過ごしています」
「そういう意味ではない」
じゃあ、どういう意味なんだってばよ。
「誰か、男性にアプローチされることはあるのか?」
「ひょぇっ!?」
この先生、生徒に何を聞いてるんだよ。
まさかのコイバナかよ!?
「どうなんだ?」
「えっと、その……」
答えを迫ってくるような鋭い眼光。
脳裏に浮かんだのは、これまでの様々な出来事だ。
その中には、意図して思い出そうとしていなかったものもある。
何だか頬が赤くなってきて、僕はコリック先生から視線を外した。
「特には……ありません」
視線を逸らしつつも、なんとか絞り出すように答える。
「本当か?」
「ほ、本当です。というか、なぜ、先生にそんなことを聞かれなければ──」
その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
なぜなら、先生の端正な顔が、僕のすぐ傍に迫っていたからだ。
「えっ!? えっ!?」
「動くな」
ほんの間近まで来た先生が、眼鏡を外した。
常に細められていた瞳が、ぱっちりと開く。
眼鏡という拘束具を外された先生の顔は……正直、レオンハルトやエリアスにも匹敵するほどの超絶美形だった。
思わず、ポーッとなっていたら、先生はどこか不思議そうに首を傾げた。
「あ、あの、その……」
さっきまでのドキドキとは別の意味で胸を高鳴らせつつも、僕は身を捩って、なんとか少しだけ距離を取る。
この距離感で、この超絶美形に見つめられ続けるのは、なんだか心臓に悪い。
「おかしい。公爵令嬢の上に、これだけ器量が良ければ、もっと言い寄られてもよさそうなものだが」
なんだかよくわからないが、僕の容姿を褒めてくれているらしい。
朴念仁かと思いきや、意外にも歳下の少女の容姿が気になるのか?
いや、その割には特に懸想しているような様子も見せず、ただ淡々と批評をしているようにも感じられる。
「話と違うな。あいつめ」
「えっ?」
あいつとはルカード様の事だろうか。
なんにせよ、何かを思い立ったらしいコリック先生は、再び眼鏡をかけると、そそくさと立ち上がった。
「あの……」
「今日はもう良い」
「えっ?」
「明日、またここに来い。それまでに一言一句違わず、きっちりと暗記しておけ」
「あ、は、はい……」
なんだかよくわからないうちに、今日も今日とて追い出されるようにして部屋を出された僕。
扉が閉まった途端、思わず胸を押さえた。
未だに胸がバクバク言っている。
本当に何なんだろうか。
行動原理も何を考えているかもまったくわからない。
ただ、一つ言えることは……。
「直近で一番ドキドキさせられたのは、間違いなくコリック先生ですわね……」
「何だ。まだいたのか」
「ひょえっ!?」
油断していたら、再び扉が開いて、コリック先生が顔を出した。
「もうすぐ暗くなる。早く帰れ」
「い、言われずとも、帰ります……!!」
心の中で、イーっと舌を出しつつ、僕は寮への帰路へと着く。
本当に、何なんだろうか、この人。
胸の内で悪態を吐きつつも、僕の中のコリック先生の存在感は、いつしか増していくばかりだった。
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