220.お兄ちゃん、呼び出される
それは、ミアやシルヴィが入学してから間もない頃。
放課後、突然呼び出された先は、女子学舎の職員室だった。
いや、正確には、職員室の横にあるちょっとした面会スペースのようなところだ。
部屋へと通された僕が対峙しているのは、先日ルカード様と一緒にいたあの黒髪の美男子だった。
先日と変わらずどこか不機嫌そうな鋭い視線が、今日は真正面から僕を見据えている。
端的に言って、怖い。
大人の男性にこんな風に睨みつけられているのだ。
顔が端正なだけあって、余計にこう無機質な威圧感のようなものを感じて……。
「セレーネ・ファンネル、だったな」
「あ、は、はい……!!」
突然名を呼ばれ、ビクリと背筋を伸ばす。
この低音ボイスも妙に迫力があるんだよな。
「私の名はコリック。この春から学園に赴任した」
「そ、そうなんですのね……」
新任教師というわけか。
それにしては、やたら迫力があるけども。
「それで、私はなぜ呼ばれたのでしょうか……」
「"お前"を監督するためだ」
「お、おま……」
突然の"お前"呼び。
なんだオラオラ系かよ、この人。
この世界で公爵令嬢として転生してからは、ついぞ"お前"なんて呼ばれ方をしたことはなかった。
いや、レオンハルトやアミール辺りには言われたような気がしないでもないが、それは親しい者の気安さのようなもので全然気にもしなかった。
けれど、今回は違う。
一応教師という目上の人だとはいえ、ほぼほぼ初対面での上から目線。
白の国がいかに表面上は身分制度が廃止されている国だとはいえ、さすがにいきなりの"お前"呼びはないのではなかろうか。
少しムッとしてしまっている僕に気づいてか気づかないでか、コリックと名乗ったこの新任教師は話を続ける。
「お前、女子生徒の代表に選ばれたんだそうだな」
「は、はい……」
そうだ。
言い渡されたのは、春休みに入る少し前だっただろうか。
学園の女子生徒代表になってくれないかとお願いされて、それを承諾したんだった。
在学中の女子生徒の中では、僕が一番家格が高く、成績やその他諸々を見ても、僕以外に適任がいなかったらしい。
特に多く仕事があるわけではない、という話だったので、なし崩し的に、いいですよ、と返事したのだったが……。
「3日後の歓迎会で、お前には新入生に挨拶をしてもらう」
「えっ、あっ、はい……」
歓迎会。そう言えば、そんな行事があったなぁ。
講堂に集められて、先輩からありがたいお話を頂くのだ。
その先輩の方を今年は僕がやることになるわけか。
多少億劫ではあるが、聖女試験や聖燭祭に比べれば、どうということもない。
「わかりました。謹んでお引き受──」
「当然だ。代表になることを承諾したのに、今更謹んでも何もないだろう」
い、いや、確かにそうかもしれないけど、こうあるじゃないの、定型文というか、その……。
「学園の女子生徒代表として、恥ずかしい演説をさせるわけにはいかない」
「と、言いますと……」
「私がお前の演説を監督してやる。文章作りから読み方までみっちりな」
「え、えぇ……」
いや、大した仕事じゃない、と思っていたのに、なんてこった。
この"ド"がつくほど高圧的な先生と3日間二人三脚とか、物凄く気が重いんだけど。
「まずは明日までに文章を仕上げて来い。添削してやる」
「あ、はい、わかりました……」
「話はそれだけだ。さっさと寮に帰るといい」
と、話が終わるや否や、追い出されるように部屋から出される僕。
バタリと扉が閉められた瞬間、僕は、ハァとため息を吐いていた。
暗澹たる気持ち、とはこういう時の心持ちを言うのだろう。
たった一人の人間の介入で、別段気にもしていなかった些末な仕事が、大仕事になってしまった。
あの性格だし、間違いなくその添削ってやつも厳しいよなぁ。
とはいえ、僕だって、これまで数々の修羅場を超えてきたのだ。
今更、こんな程度の事で、挫けているわけにはいかない。
「とりあえず、やるだけやってみるとしましょうか」
残りわずかになるかもしれない学園での生活だ。
どんなことでも、楽しみにながらやるに越したことはない。
よし、と両の頬を叩くと、僕は歓迎の文章を考えるべく、足早に寮への帰路に着いたのだった。
「聖女候補。セレーネ・ファンネル」
窓越しに寮へと戻っていくその背中を見つめ、私は独り言ちた。
「なるほど、確かにあいつの言っていた通り、相当の力を持っているようだ」
眼鏡の縁に指を添えつつ、天を仰ぐ。
白の魔力の波動。
身体の内から感じるその力は、すでに候補者というレベルを大きく逸脱しているようにも感じられる。
もう一人の聖女候補、ルーナと比べても、それは明白だ。
「最後の聖女試験で、その力、存分に見極めさせてもらうとしよう」
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