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219.お兄ちゃん、謎の男と出会う

 学園案内も恙なく進行し、湖の西側の道を歩いているその時だった。


「おや、皆さん、お揃いですね」

「あ、エリアス様」


 道すがら出会ったのは、エリアスだった。

 どうやら彼はシャムシールと午後の散歩を楽しんでいたらしい。


「ご機嫌麗しゅう」

「ご機嫌麗しゅう。セレーネ様」


 紳士的な挨拶をしつつ、にっこりと微笑むエリアス。

 そんな彼の視線が、初めて見る二人へと移った。


「そのお二方は……」

「お初にお目にかかります。ファンネル公爵家の次女、ミア・ファンネルと申します。姉から殿下のご聡明さは常々聞いております」

「セレーネ様の妹君でしたか。こちらこそ、お姉様からは可愛い妹がいるとよく聞いています」

「まあ、可愛いだなんて」


 両手を頬に添えながら、きゃぴきゃぴと喜ぶミア。

 その視線は、エリアスというよりもむしろ僕の方へと向いている。

 どうやら、姉が自分の事を可愛いと吹聴していたのが、嬉しかったらしい。


「あ、あの……」


 ひょこりと顔を出したシルヴィも、ぎこちないながら王子へと挨拶をした。


「私もアニエスさんには度々お世話になっています。シルヴィ様も、これから宜しくお願い致しますね」

「も、もったいないオコトォヴァっ……舌噛んだぁ」


 一国の王子に初めて対面するであろうシルヴィはあまりの緊張からか、舌すらよく回らなくなってしまったらしい。

 そんな姿を可愛らしいなぁ、と眺めつつエリアスと他愛無い世間話をしている時だった。

 湖畔の道をさらにもう一人、見知った顔が通りかかったのだ。


「あ、あれ、ルカード様……?」

「セレーネ様」


 足早に歩いてきたルカード様の横には、もう一人男性の姿があった。

 ルカード様と同じく、聖職者が着る純白の僧衣を着た長身の男。

 この世界では逆に珍しい青く見えるほどに漆黒の黒髪をしている。

 年齢はルカード様よりもさらに少しだけ年嵩だろうか。

 眼鏡をかけている点からも、ルカード様と似ている特徴が多いのだが、やけにカクカクとしたレンズの形からか、少し攻撃的な印象を受ける。

 いや、この人もかなりのイケメンであるのは間違いないんだけど。


「そちらの方は?」

「ええ、この方は──」

「ルカード君」


 丹田に響くような、低い声がズシリと耳朶を打った。


「挨拶は後日でもいい。今は」

「……失礼しました。セレーネ様、今日は少し急ぎますので」

「あ、はい……」


 僕の方へと、申し訳なさそうに頭を下げたルカード様は、そのままもう一人の男性を連れて歩き出す。

 すれ違う刹那、女子としてはやや長身の僕よりも頭一つ分以上に大きなその男は、ほんの少しだけこちらを見下ろした。

 その目はどこか、こちらを品定めするかのような鋭いもので……。

 ブルリと背筋が震える。

 小さくなっていく背中を眺めつつ、僕はなぜかホッと胸を撫で下ろしていた。


「凄くカッコいい人でしたね」

「え、ええ……」


 ルーナは彼のそんなナイフのような鋭さには気づかなかったようで、シュッとした印象を素直に格好良いと思ったようだ。


「あの方、いったいどのような方なのでしょうか。ルカード様と同じ、教会関係の方には間違いなさそうですが」


 ルイーザの言う通り、教会関係者なのは間違いないだろうが、あの態度を見ていると、ルカード様よりもさらに高位の聖職者かもしれないな。


「あれ……」


 ふと戻した視線の先で、エリアスがなんだか思案深げな表情をしているのに、僕は気づいた。


「エリアス様、どうかされましたか?」

「いえ……」


 彼は、フッと息を吐くと、すぐに僕の方へと向き直る。


「あの男性。なんだか以前どこかお見かけしたような気がしまして」


 どこかすっきりしない表情のエリアス。

 貴族としての必要性からか、エリアスやフィンは人の顔と名前をすぐに覚えてしまうので、こんな風に言うのは珍しい。

 

「エリアス様でもそういうことってあるんですわね」

「ふふっ、セレーネ様が思うほど、僕は聡明ではありませんよ。きっと、勘違いだと思います」


 もやもやとしつつも、そこですっぱりと考えるのを止めた様子のエリアス。

 そんな彼の姿を見て、僕も切り替えるようにミアとシルヴィへと視線を向けた。


「さあ、学園案内の続きといきましょう」


 ルカード様の連れていた謎の男性。

 彼が僕の今後の生活を大きく変えてしまうなんて、この時の僕は、一切考えていなかったのだった。

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