210.お兄ちゃん、灯篭を流す
空に輝く二つの灯り。
紅の月と碧の月。
聖燭祭の行われる今日は、1年の中で、二つの月の間に最も距離のある日だ。
白の魔力は紅と碧の魔力が混ざり合ったもの。
ならば、僕が妹と会うことのできる半年に一度の紅と碧の月が重なる晩の方が、聖燭祭の日としてふさわしいように感じるだろう。
だが、それは逆だ。
本来、この時期は、白の魔力がもっとも力を失う時期。
それゆえに、あえて、聖女様の神性を大陸へと伝播させることで、聖なる気を満たすというのが、この聖燭祭の役割の一つだった。
僕らが持つ灯篭に灯る白き火の一つ一つは、ほんの小さなものだ。
それでも、こうやって国中の民達が揃って持てば、大きな光になる。
僕らが行く先も、そして、これまで歩いてきた道にも、白き光の道とでも呼べそうな景色がどこまでも広がっていた。
やがて、僕らが辿り着いたのは、アルビオンで一番の大河であるカナン川。
白き火の灯った灯篭が流される様から、別名"ミルキーリバー"等とも呼ばれるこの川のほとりには、今多くの人々が集まっていた。
「さて、俺達も流すとしようぜ」
周囲の人々が川へと灯篭を浮かべる様子を見ながら、アミールが言うと、みんなもこくりと頷く。
ふんわりと優しく輝く白の灯。
それを手放してしまうのは、なんだか少し寂しくはあったが、これも大陸に聖なる気を満たすためだ。
川の縁へと腰を下ろした僕は、ゆっくりと灯篭を水面へと浮かべた。
川幅の広い、カナン川の流れはゆるやかだ。
プカリと浮かんだ灯篭は、おだやかな流れにそって、ゆるりゆるりと川を下っていく。
僕らは、その灯篭と一緒に進むようにして、同じく川沿いを下り始めた。
「すごーい!! 何だか、セレーネ様の灯篭の周りにみんなの灯篭が集まってます!!」
ルーナの言う通り、自然な川の流れに身を任せた灯篭達は、僕の灯篭に密集するようにして、一緒に流れている。
「一番近くにいるのは俺のだな」
「いえ、僕のです」
「少し前にいるのが俺のか。ふっ、まるでエスコートしているかのようだ」
「私のは、後ろ……か」
なんだか、妙に男性陣の灯篭ばかりが集まってきているような気がするが、たまたまだよな。
そうこうしているうちに、やがて人々のざわめきとは違う、ザーっという音が耳に届いた。
辿り着いたのは滝だ。
テーブルマウンテンの縁に当たる部分。
切り立った崖を滑り落ちるようにして、大河の水が遥か下の大地へと流れ落ちて行く。
大瀑布と言っても過言ではないであろうその光景は、ただそれだけでも十分に絶景なのだが、今はさらにそこに灯篭が加わっている。
縁まで辿り着いた灯篭は、落ちて行く水の流れと共に、空へと放り出される。
白き炎がキラキラと宙に溶けて行くその様は、得も言われぬほどの美しさだった。
やがて、僕達の灯篭も他の数えきれないほどの灯篭と同様に、空へと散っていく。
「うわぁ……」
ホタルのように舞い上がっていく白の光。
その幻想的な風景の中、笛の音が耳朶を打った。
アミールだ。
彼の言っていた新曲とはこれのことだろう。
このゲームのメインテーマであるあの曲と少し似ているが、もっと穏やかで、なんだか胸が温かくなるようなそんな曲。
極上のBGMをバックに、僕らはただただ黙って、空へと舞い上がっていく、幾千もの光を眺め続けていた。
「セレーネ様?」
「……えっ?」
気づいたのはルーナだった。
彼女がなぜか心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでいる。
疑問に思うと同時に、すぐに僕はその表情の理由に気づいた。
頬に伝わる湿った感触。
いつしか、僕の瞳からは自然と涙が流れていた。
「な、なんだか感動してしまって……」
誤魔化すように、僕は指の腹で涙を拭う。
感動したのは本当だ。
でも、それ以上に、僕は舞い散っていく白の光に、何とも言えない寂寥感を感じていた。
みんなと過ごす時間。
それがもうすぐ終わる。
今日だけの事じゃない。
2年生になれば、すぐに最後の聖女試験がやってくる。
こうやって、みんなで過ごせる幸せな時間は、もうそれほど長くは残されていないだろう。
だからこそ……。
「あっ……」
未だ少し心配そうに僕を見つめるルーナの手を、僕は優しく握る。
すると、ルーナも同じように、僕に手を握り返してくれた。
そして、再び空を見上げる。
空へと消えて行く白き光たち。
姿形こそ見えなくなってしまったが、それは決して無意味ではなく、炎は聖なる気となり、大陸へと広がっていく。
僕らのゆく道にも、きっと意味はある。
でも、願わくは……。
みんなと過ごす"今"。
それを何よりも大切にしたいと、僕は心の中で固く誓うのだった。
次話から新章に入ります。
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