208.お兄ちゃん、言葉を届ける
儀式装束から普段着へと着替え終えた僕とルーナは、ビアンキさんに聖女様からの言葉を届けるべく、地下の控室から地上へと出た。
寒空の下だというのに、数刻ぶりに見た大鐘楼周辺の雰囲気は熱気に包まれている。
アルビオンの人口の何分の一かに相当する多くの民達が、聖女様の力によって燃え上がった白き炎を燃やす燭台に向かって、列をなしているのだ。
それぞれが手に灯篭を携え、白き炎を宿すと、次の人へと交代していく。
闇夜に増えてゆく白き炎を湛えた灯篭。
それはどこか温かさを感じる光景だった。
「セレーネ様、ビアンキさんはどこにいるんですかね?」
そんな人々の様子を眺めていると、ルーナに話しかけられた。
ん? 考えてみると、ビアンキさんもたぶん聖燭祭には来てるはずだよな。
とはいえ、これだけの人数の中から、ビアンキさん一人見つけるっていうのも……。
「おやおや、出入口は変わってないようだねぇ」
「あっ……」
「ビアンキさん!」
ルーナが元気に名を呼ぶ。
いつの間にか、当の本人が僕らのすぐ傍へとやってきていた。
「セレーネにルーナ。ローラの代わりをよく務めたねぇ。立派だったさ」
「ありがとうございます!!」
「元聖女候補の方に、そう言っていただけて嬉しいですわ」
見れば、ビアンキさんの手にも、まだ未着火の松明が握られている。
これから、彼女も聖女様の白き炎を受け取りに行くのだろう。
「でも、どうしてこちらに?」
「昔、あたいも教会の手伝いで、ここに来たことがあってね。それで……その……」
聖女様にちゃんと手紙を渡せたか、確認しに来たってわけね。
相変わらずの出待ち気質だなぁ、ビアンキさん。
ともあれ、向こうから来てもらえたのはありがたい。
「ビアンキさん。手紙はちゃんと渡せましたわよ」
「ほ、本当かいっ?」
「ええ。聖女様はきちんと手紙を受け取って下さいました」
そう伝えると、ビアンキさんは、ホッとしたように息を吐いた。
しかし、直後にどこか心配そうな表情を浮かべた。
「あの娘は、何か……」
「はい。ビアンキさんに渡して欲しいと、こちらを預かりました」
そして、僕は、ずっとポケットの中に保管していたものをビアンキさんへと差し出す。
それは、聖女様の白き魔力が込められた蜜蝋。
ビアンキさんから聖女様へと渡す際、元々紫色だったそれは、今は魔力の影響で白へと変色している。
ほんの小さなそれを受け取ると、ビアンキさんはしばらくじっと眺めていた。
「白い……ライラック……」
「はい、それと、この言葉をビアンキさんへと届けて欲しい、と」
あの時の聖女様の気持ちを少しでも再現しようと、僕は頭の中でその言葉を反芻する。
そして、大きく息を吸うと、言った。
『ありがとう。アンちゃん』
その言葉を聞いた途端、ビアンキさんの瞳に涙が浮かんだ。
ダムが決壊したかのように、とめどない涙が頬を伝うと、手の平の上に乗せた白いライラックの蜜蝋へと降り注いでいく。
「伝えて欲しいと言われた言葉はそれだけです。それだけで、きっとビアンキさんには伝わるから、と」
「ローラ……。本当に、あの娘ときたら……」
鼻をすすりながら、ビアンキさんは、手に持った蜜蝋を握りしめた。
ビアンキさんが蜜蝋に選んだライラックの花には、"友情"や"思い出"といった意味がある。
そんな花を、聖女様は白く染め上げて、彼女へと返した。
白いライラックの意味するものは"青春の喜び"。
それは、彼女の中で、ビアンキさんとの思い出が、決して色褪せてはいないことを表していた。
「旦那意外に、アンなんて呼ばれ方をしたのは久しぶりだったよ」
大切そうに白いライラックの蜜蝋をしまったビアンキさんは、未だ涙の跡の残る顔を僕らへと向けた。
そして、穏やかに、彼女は微笑んだ。
「本当にありがとう。あたい達のために」
「私達も、ビアンキさんと聖女様には、たくさんのことを教えていただきましたから」
言葉と共に、僕とルーナはお互いに手をグッと握り合う。
こうすることが、きっとビアンキさんを一番安心させることだと、そう思ったから。
「あんたらなら、きっと大丈夫さね」
再び、穏やかに笑顔を浮かべたビアンキさんに向けて、僕とルーナも、精一杯の笑顔を返したのだった。
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