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206.お兄ちゃん、儀式に臨む

「ふぅ……」


 白の国の中央に位置する大鐘楼。

 祭儀の場として用いられるこの場所は、白の教会と地下で繋がっており、その直下には控室のように小部屋が用意されている。

 儀式装束へと着替えた僕とルーナは、いよいよ始まる聖燭祭を前にぽっかりと開いた天井から紅と碧の月を見上げていた。


「いよいよですわね。ルーナちゃん」

「はい、セレーネ様」


 小部屋では松明が焚かれ、外気よりは寒くないが、天井が開いているため、せっかくの熱もすぐに発散されてしまう。

 裸足にノースリーブというかなり寒い格好の僕らは、二の腕の辺りをさすりながら、それでもお互いに笑顔を向け合った。

 身体の芯から震えて来る。

 寒さもあるが、緊張の方がずっと大きい。

 ここからは人々の姿を直接見ることはできないが、ほんのわずかなざわめきから、多くの人がいるという雰囲気はビシビシと伝わって来る。

 失敗すれば、自分が恥を掻くだけではなく、権威ある白の教会の顔に泥を塗ってしまう事にもなってしまう。

 ルーナの手前、なんとか平静な様子を装ってはいるが、実際のところ、僕の緊張感はこれまでのどんな出来事よりも大きかった。

 と、その時、知らず知らず握り込んでいた拳に、温かい何かが触れた。

 それは、ルーナの手だ。

 まるで体温の高い幼児のように柔らかなその手に触れると、不思議と冷え切っていた身体の底がふと溶けて行くようだった。


「えへっ、セレーネ様の手温かいですね」

「ルーナちゃんこそ」


 お互いに手を握り合ったまま、顔を見合わせる。

 ルーナ。

 このゲーム世界における本来のヒロイン。

 彼女の天真爛漫さは、まさに主人公というべきものだ。

 自然と誰かに寄り添い、その心を癒してしまうような、そんな力を感じたことは一度や二度じゃない。

 でも、今正面から見つめる彼女は、決してタダのゲームのキャラクターじゃなかった。

 僕は知ってる。

 彼女がルイーザとの言い争いを楽しんでいることを、演技になると驚くほど別の顔を見せることを、寝る前に必ず読んでいる古い絵本の事を。

 そして、いつも見せてくれる屈託のない笑顔の数々を。

 僕にとって、彼女の存在はすでに、ゲームの一キャラクターよりもずっと大切なものになっていた。

 そんな彼女と聖女試験で競い合えたことは、破滅エンドを回避する事を抜きにしても、僕にとって得難い経験だったように思う。

 こうやって並び立ち、一緒に儀式に臨むことは、この上なく誇らしいことだ。


「セレーネ様、ビアンキさんのお手紙、無事に聖女様に届けられたんですね」

「ええ」


 そして、聖女様の方から受け取った言葉と蜜蝋は、まだ僕が預かっている。

"舞い"が終われば、その後は僕らは自由だ。

 ルイーザ達との約束の前に、必ずビアンキさんにそれを届けに行こうと、僕は決めていた。


「聖女様から預かったものがあります。儀式が終わったら、それを届けるのにルーナちゃんも付き合ってくれますか?」

「もちろんです!!」


 屈託のない笑顔。

 ああ、この笑顔があればこそ、僕は一緒に頑張れたのかもしれないな。


「ところで……」


 ルーナの笑顔を見ながら、ふと僕の口から自然と言葉が漏れた。


「ルーナちゃんは、聖女様とどんなお話をしましたの?」


 正直ずっと気になっていた。

 僕の直後に、聖女様との謁見を許可されたルーナ。

 彼女が、聖女様を前に、いったいどんな話をしたのか。

 あるいは、聖女様からの"あの質問"にどんな風に答えたのか。

 僕は、それに興味津々だった。


「お話ですか? えーと、そうですね。学園が楽しいってことをいっぱい話しました!!」

「へぇ……」

「聖女様も、私のお話を聞いて、楽しかったって、言ってくれたんですよ~」


 ふむ、なんともほんわかとした謁見だな。

 いや、ルーナのキャラクター的には、きっとそうなんだろうが、自分の時とのギャップが凄い。


「セレーネ様とも仲良しです! って言ったら、聖女様もなんだか嬉しそうでした」

「あっ……」


 その言葉に、僕の中で、聖女様……いや、ローラとビアンキさんの関係が思い起こされた。

 およそ40年ほど前、アルビオン学園に通っていた2人の聖女候補。

 今の僕達は、彼女達がどんな想いでその時を過ごしたのか。そして、今どんな想いでいるのか。

 それを少しは知っている。

 自然と、僕はルーナの身体を抱きしめていた。


「セレーネ様?」

「ルーナちゃん……」


 心から湧き上がってくるような何かを僕はこういう形でしか表現できなかった。

 名前を呼ぶ以外の事はできず、ただただその身を抱き続けていると、やがてルーナの方も、僕の身体を抱きしめ返してくれた。

 お互いの身体のぬくもりが、薄手の儀式装束を通じて伝わる。

 僕らの運命は、ローラとビアンキさんと同じだ。

 その上、僕には破滅という道も残されている。

 終わりはやがてやってくる。

 それは、ルーナとだけじゃなく、レオンハルトやエリアス達とも……。

 後悔だけはしない、選択をしよう。

 それが、ローラとビアンキさん。

 二人が僕らに伝えようとしてくれた、大切な事だから。


「セレーネ様、ルーナ様。時間が来ました」


 松明の灯で横顔を照らされたルカード様が、僕らへと刻限を告げた。

 ゆっくり腕を解いた僕らは、お互いに顔を見合って、また笑った。

 不思議と、あれだけ感じていた緊張を、僕はもう感じていなかった。


「さあ、行きましょう。ルーナちゃん」

「はい、セレーネ様」


 唯一握った右手の感覚だけを確かめるようにしながら、僕とルーナの"舞い"がいよいよ披露されようとしていた。

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