205.お兄ちゃん、聖女様に問う
「正直な方ですね。あなたは」
もしかしたら、辛辣な言葉を返されるかもしれない。
そう思って身構えていた僕に掛けられた言葉は、思ったよりずっと柔らかな印象のものだった。
「今の質問は、私が聖女候補だった時に、先代の聖女からされたものです」
「えっ……」
そうか、聖女様も同じ質問を……。
「その、聖女様は……」
「当時の私は、今のあなたのように自分の想いをはっきりと口にすることはできませんでした」
何かを思い出すようにシルエットが天を仰ぐ。
「今の私の立場から、あなたに伝えることが許される言葉は多くはありません。ただ、一つ言えることは……」
ゆっくりとこちらを向いた聖女様。
カーテン越しでも、今だけは、彼女が僕の目を見ていることがなんとなくわかった。
「選ぶのは"自分"だということ。どんな結果が待っていようと、それを受け入れなければならないのはあなた自身です。迷った先に、必ず自分なりの"答え"を見つけてください」
ああ、そうなんだ。
この人は強い。そして、ひたすらに優しい。
聖女というより、聖母という方がしっくり来るかもしれない。
彼女は、聖女候補である僕とルーナの事を心から心配してくれているのだ。
彼女の言うように、聖女という立場である以上、聖女候補である僕達への発言にも制限があるのは間違いない。
それでも、僕らが後悔をしないために、伝えられる限りの事を伝えようとしてくれている。
そっくりだなと、僕は思った。
あのもう一人の先代聖女候補、ビアンキさんに。
「あの、聖女様」
意を決して、僕は口を開いた。
「聖女様にお渡ししたいものがあります」
取り出したのはずっとポケットに入れていた手紙だ。
ライラックの蜜蝋がされたほんの小さな封筒。
「これは、私がとある方から預かったものです」
「とある?」
「はい、ビアンキさんという方です」
その名を出した瞬間、明らかに聖女様がピクリと反応した。
「お渡しさせていただいても?」
「それは……」
直接何かを手渡されることは本来禁止事項なのかもしれないが、それでも、この手紙だけは受け取ってもらわねばならない。
必死に差し出す姿勢を続けていると、聖女様はやがて、ゆっくりと立ち上がると、カーテンの間から手を差し出した。
白い装束を纏ったままのその手は、衣装の白に負けないほどに白く、細かった。
それは彼女の聖女としての生き方を表しているかのように僕は感じた。
そして、僕は彼女の華奢な手に手紙を渡す。
視線を落とした聖女様は、しばらくその封筒の重みを確かめるようにじっと見つめた後、丁寧に開く。
静かに内容に目を通していく聖女様のシルエットを僕も黙って見守っていた。
「……もう、アンちゃんったら」
ぼそりと呟いた声は、それまでと一変して、ごく自然な女の子の声にも聞こえた。
「ありがとうございます。セレーネ・ファンネル。古い友人からの手紙を届けてくれて」
「いえ、その……」
「彼女と知り合いならば、私からお節介を焼く必要もなかったようですね」
どこか柔らかくそう言った聖女様が、少し笑顔だったのに、シルエット越しでも僕は気づけた。
手紙の内容を僕は知らない。
でも、きっとこの手紙は届けるべきものだったのだと、その反応を見て、僕は思った。
「一つだけ、お願いをしても宜しいですか?」
「もちろんです」
「では、彼女に一言だけ」
一度、深呼吸するように息を吸った彼女は、その言葉を吐き出した。
「"ありがとう。アンちゃん"。それだけを彼女に伝えて下さい」
アンちゃん。それはきっとビアンキさんの当時のあだ名だろう。
シンプルな言葉だけど、それだけもきっと聖女様……いや、ローラの気持ちは伝わるはずだ。
「それと、これを」
再び聖女様がカーテンの隙間から腕を伸ばす。
そこには手紙を封していた蜜蝋が丁寧にはがされていた。
そして、最初は紫だったその色は、聖女様の白の魔力に充てられてか、真っ白に染まっている。
僕はできる限り丁寧な所作で、その白くなったライラックを受け取った。
白いライラックの花言葉は確か……。
「言葉と一緒に、必ず渡します」
力強く頷いた僕の姿を見て、聖女様もまた、ゆっくりと頷いたのだった。
こうして、僕のほんのわずかばかりの聖女様への謁見は終わりを告げた。
部屋の前で待っていてくれたルカード様と共に、塔を下り終えると、そこにはルーナの姿があった。
「あっ、セレーネ様!!」
駆けてくるルーナ。その横には、僧兵が控えている。
「ルーナちゃんも、もしかして」
「はい! 今から聖女様にお会いできることになりました!!」
聖女候補それぞれの顔が見たい。
彼女はそう言っていたが、どうやら今から続けざまにルーナとも謁見するらしい。
「ルーナちゃん、ビアンキさんの気持ちはきちんと伝えられましたよ」
ずっとそのことを気にしていた彼女にそう伝えると、キラリとその瞳が輝いた。
「そうなんですね!! 良かったぁ!! さすがセレーネ様です!!」
「聖女様はとても気さくな方でした。ルーナちゃんも緊張しなくて、大丈夫ですよ。きっと」
「はい!! 私も楽しみです!!」
「では、ルーナ様。そろそろ」
そうして、僕と入れ替わる形で塔へと昇っていくルーナの背中を見守る。
彼女は聖女様といったいどんな話をすることになるのだろうか。
少しだけ、気になっている僕がいるのだった。
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