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203.お兄ちゃん、手紙を受け取る

「嘘です」


 静かに、でも、はっきりとした口調で言ったその言葉を聞いて、ビアンキさんは落としていた視線を上げ、僕の方へと向けた。

 そんな彼女の目をまっすぐに見据え、僕は続ける。

 

「ビアンキさんは嘘を言っていますわ。あなたが私達と関係を持とうとしたのは、決して聖女様に近づきたいからというだけじゃない」

「な、何を言ってんだい。あたいは……」

「あなたは、私達に教えようとしてくれたんですわよね。聖女になるということ、そして、聖女にならないということが、どういうことなのか」


 そうだ。

 ビアンキさんが聞かせてくれた色々な昔話。

 それは、まるで、これから僕とルーナに訪れるであろう運命を、丁寧に教えてくれているかのようだった。

 

「後輩に、心づもりをさせてくれるつもりじゃなかったんですか。あなたは?」

「そりゃ、買い被りさ。あたいはあんたらを懐柔しようとして……」

「嘘です!」

「わからない娘だねぇ……」

「ビアンキさん、あんまり今の聖女候補を見くびらないで下さいまし」


 バンと胸を張ると、僕は力強く断言した。


「私もルーナも、お人よしには自信があります!!」


 僕の言葉に、しばらくキョトンとしたビアンキさんだったが、すぐにクスクスと笑い出した。


「なんだい、そりゃ……。本当におかしな娘だわ」

「貴族令嬢らしくないと、よく言われますわ」


 再び胸を張ってやると、ひとしきり笑った後、ビアンキさんは胸襟を開くように息を吐いた。


「ふふっ、この前はローラに似てるなんて言っちまったが、やっぱりあんたは似てないわ。あの娘は、こんなにはっきりと物を言える娘じゃなかった」


 どこか自嘲的にそう呟いた彼女は、握りしめたままただった手紙をゆっくりと掲げた。


「あんたらへの後ろめたさを抜きにしても、正直まだ迷ってるのさ。この手紙を本当にあの娘に渡していいもんなのか、さ」


 40年もの間、ずっと会うことの無かった親友。

 仲たがいしたまま分かれてしまった唯一無二の好敵手。

 時間は、彼女を臆病にしてしまうには十分過ぎるほどのものだったかもしれない。

 それでも……。


「私は、きっと届けるべきだと思いますわ」


 強い気持ちを籠めて、僕はビアンキさんを見つめ続けた。

 葛藤を示すように、彼女の手は震えている。

 ビアンキさんの本当の気持ちは、僕には知る由もない。

 前世での人生を足したとしても、僕はビアンキさんよりもずっと年下だ。

 積み重なった想いには、僕が想像もできないほどのものがあるのかもしれない。

 だけど、ビアンキはさんは震える手をゆっくりとだが、僕の方へと持ち上げた。


「届けてくれるかい? あたいの……想いを」

「……はい」


 はっきりと頷いた僕は、その紫色の蜜蝋の縁に親指を添わせるようにして、ゆっくりと手紙を受け取った。

 40年の想いを(したた)めた、とても重くて、でも、温かな手紙を。




 白の聖塔。

 聖女様の住まうと言われるその上には、聖女様が訪問者と会うための部屋が用意されている。

 グルグルといつまでも続くかのような螺旋階段を上るのは、僕とルカード様、そして、傍付きも務めているという女僧兵が二人だ。

 二人の僧兵に前後を挟まれるようにして昇っていくと行くと、やがて、白塗りの立派な門の前へとたどり着いた。


「こちらが謁見の間になります」


 促されるように、その前へと立つ僕。

 この扉の向こうに聖女様がいらっしゃる。

 ゲームにおける先代の聖女様がどんな立ち位置だったのか、僕は知らない。

 少し得体の知れない緊張感を感じながらも、僕はルカード様と視線を合わせ、コクリと頷いた。


「私が着いてこられるのはここまでです」

「はい、ルカード様」

「セレーネ・ファンネル様」


 後ろに控えていたポニーテールの女僧兵が僕の隣へとやってくる。


「今回の謁見は非公式なもの。普段ではありえないことですが、聖女様のたっての希望ということで許可されたものです。くれぐれも失礼だけはないよう、お願い申し上げます」

「もちろんです。肝に銘じますわ」

「それでは……」


 女僧兵2人が、左右の扉の前へと立つ。

 そして、左側に立った僧兵が、扉を軽くノックした。 


「聖女様。セレーネ・ファンネルが参りました」

「…………はい」


 少しだけ間を置いて返ってきた声は、まるで少女のように若々しい声だった。

 これが、聖女様の声……。

 そうして、2人の僧兵がゆっくりと扉を開く。

 光に包まれた室内。

 温かな風が室内から流れ出て来る。

 そのほのかな風に髪をなびかせながら、僕はゴクリと唾を飲み込む。

 聖女、このアルビオンを統べる女王であり、白の魔力を操るこのカラフィーナ大陸の護り手。

 僕はついに、その存在と邂逅する。

 少し長めの瞬きをした僕は、ゆっくりとその柔らかな光に包まれた部屋へと足を踏み出したのだった。

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