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202.お兄ちゃん、走る

「お二人とも、素晴らしい完成度です!!」


 いつも以上に、パチパチと盛大な拍手を向けてくれるルカード様に向かって、僕とルーナは優雅に会釈をした。


「息もピッタリですね」


 そりゃ、あれだけ練習したからなぁ。

"舞い"の練習を初めてから5日が過ぎた。

 聖燭祭をいよいよ今晩に控えた昼前、最後の仕上げとばかりに、本番と同じ流れで"舞い"を披露してみたのだが、どうやらルカード様のお眼鏡にも適ったようだ。


「ふふっ、セレーネ様とは、仲良しですから!!」


 グッと無い胸を張るルーナ。

 実際のところ、僕の方は最後までルーナに着いていくのがやっとだったのだが、なんとか見劣りしない完成度までは持ってくることができたようだ。

 やはり、あの個人練習の1日が効いたな。


「立ち位置などもリハーサルできましたし、あとは今晩を待つのみですね」

「はぁ、緊張しますわ……」


 本番では、アルビオンの中央にある儀礼用の大鐘楼の前で"舞い"を披露することになる。

 円形にステージのように広がったそこには、多くの国民が詰めかけることだろう。

 ひょっとすると剣戦と同じくらいの人数が集まるかもしれない。

 セレーネとして生きることになってから、注目を集めることは多々あったが、さすがに今回ばかりは人数の規模が違う。

 武者震いともつかないような震えを感じていると、ルーナの手がそっと僕の肩に触れた。


「大丈夫ですよ、セレーネ様!! 頑張りましょう!!」

「ルーナちゃん……」


 キュン……じゃなくて。

 こういう時、物怖じしないルーナの性格が羨ましい。


「さて、あとは本番を待つのみです。それまでは自由にしていただいて結構ですので」

「わかりましたわ」


 儀式装束への着替えなんかを考慮しても、あと2時間くらいは自由に行動できるだろう。

 今のうちに昼食でも済ませておきたいところだな。


「ルーナちゃんはどう──」


 一緒にお昼ご飯でも食べようと思い、ルーナに声をかけようとした瞬間だった。

 ルカード様が、僕にだけ向けて、ひょいひょいと小さく手招きをした。


「何でしょうか。ルカード様」


 ぴょこぴょこと駆け寄っていくと、ルカード様は少しだけ声を潜めて、こう言った。


「先日の聖女様との謁見の件なのですが、無事許可が下りました」

「えっ……!?」


 いや、早いな。

 教会の上層部で検討するにしても、もう少し時間がかかると思っていたんだけど。


「実は、聖女様の方からも、セレーネ様にお会いしたいという意思があるようでして」

「そ、そうなんですか……?」


 聖女様も僕に会いたい?

 なんだろう。直接会って、僕が聖女候補としてふさわしいか見極めたいということなのだろうか。

 若干の不安はあるが、この好機を逃すわけにはいかない。


「儀式の前に、聖女様が時間を取って下さいます。ほんのわずかな時間になるかとは思いますが……」

「いえ、十分ですわ。掛け合ってくださって、ありがとうございます! ルカード様!」


 かなり急ではあるが、こんなに早く聖女様にお目にかかれるなんて願ってもない。

 となれば、やることは一つだ。


「あっ、セレーネ様!!」

「すみません。ルーナちゃん。少し用ができてしまいました」


 ルーナには手紙の件は伝えてある。事の顛末は事後報告でも構わないだろう。

 そそくさと白の教会を後にすると、僕は一路、ビアンキさんの家へと駆け出して行ったのだった。




「ビアンキさん!!」


 ノックもせずに家の扉を開くと、ちょうどビアンキさんは家を出ようとしているところのようだった。


「あらあら、どうしたね。突然」

「先日話していた手紙の件ですが」

「ああ、あれかい……」


 ビアンキさんは、ゆっくりとカバンからライラックのシーリングワックスで封をされた封筒を取り出した。


「いざ書くとなると、なかなか筆が進まなくてね。でも、じっくり自分の気持ちと向き合うことができたように思うよ」


 愛しそうに封筒を見つめたビアンキさんに僕は伝える。


「その手紙、聖女様に届けられるかもしれません!!」

「本当かい?」

「はい、ですから、すぐに……」


 一瞬、喜色を浮かべたビアンキさんだったが、すぐにその表情が曇る。

 もしかしたら、嘘だと疑っているのだろうか。

 無理もない。突然顔見知り程度の学生がそんなことを言い出しても、信憑性は低いと思われて仕方ないだろう。


「あの、実は私──」

「現役の聖女候補様、なんだろう?」

「えっ!?」


 ビアンキさん、もしかして……。


「最初から、もしやとは思っていたのさ。聖燭祭を間近に控えたこの時期に、白の教会近くに学園の制服を着た女の子が二人。これだけ揃っていれば、あたいだって想像はつくさ」


 ゆっくりと視線を落としたビアンキさんは言葉を続ける。


「打算だったのさ。もしかした、この娘達とつながりが持てれば、ローラと近づけるかもしれないってね」

「そう……だったのですね」

「利用するつもりであんた達のよくしたのさ。ひどい話だろう? だから、あたいの事はもう──」

「嘘です」


 ビアンキさんの言葉を遮るように、きっぱりと僕はそう言葉を紡いだ。

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