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201.お兄ちゃん、提案する

「どんなところが、私と似ているのですか?」


 ビアンキさんにそう問い掛けると、彼女はビシリと男前な表情でこう言った。


「腹の立つくらい顔が良いところ」

「へっ……?」


 あ、なんかてっきり行動とか性格の部分かと思ったら、容姿の方でしたか。


「いやね。当時のローラってば、あんたと同じで、まさに"美少女"って感じだったからねぇ。なんというか、こう少し薄幸な感じもあってね。儚げで近寄りがたい雰囲気はあったけど、貴族連中でも隠れファンは多かったと思うよ」

「そ、そうなんですのね」

「あんたは薄幸な感じはあんまりないけど、顔立ちの良さは正直あの娘にも匹敵するかもねぇ。そんだけ器量が良けりゃ、今度の聖燭祭も引く手あまただろう?」

「えーと……」


 思い当たる節がありすぎて、なんとも答えられない。


「何だい。好い人の一人や二人くらいはいるんだろう?」

「そ、それは……その……」

「ふふっ、初々しいねぇ。あー、あたいらもあの頃はそりゃあ、たくさんの殿方から誘われたもんさぁ」


 どうやら、僕の好い人を追及するよりも、当時の思い出に浸り始めたビアンキさんの様子に、ホッと胸を撫で下ろす。

 完全に話題のペースをもっていかれていた。

 ここらで、方向修正しないと……。


「その不躾な質問かもしれませんが……」


 そう前置きすると、僕は問い掛けた。


「ビアンキさんは、聖女様……いえ、ローラさんに、また会いたいと思っているのですか?」

「なんだい。藪から棒に……」


 一瞬、虚を突かれたような表情をしていたビアンキさんだったが、食後のクッキーを並べ終えると、すぐに僕の方へと顔を向けた。


「そりゃあね。仲直りこそできなかったけども、あたいはまだ、あの娘の"友達"のつもりだからね」


 立場も違う。年月も過ぎ去った。

 それでも、ビアンキさんは、当時のままの言葉で、僕へと答えを教えてくれた。


「じゃなきゃ、あの娘に食べてもらおうと、アップルパイを作ったりなんかしないさ」


 穏やかな表情でそう言うビアンキさん。

 その様子を見て、僕の中に新たな葛藤が生まれた。

 いっそ、僕が聖女候補であるということを全て打ち明けてしまう方がいいだろうか。

 そうしたら、昨日の帰り道にルーナと話していたように、聖女様に手紙を届けるくらいのことはできるかもしれない。

 いや、でも、まだ確実に聖女様に会えると決まったわけではないし、変に期待をかけるわけにも……。

 思い悩んでいると、ビアンキさんが、僕の口にクッキーを放り込んだ。


「むぐ! むぐぐっ!!」

「ほらほら、何を悩んでいるのか知らないけど、甘いモノ食べて元気だしな。そうすれば、万事解決さね」


 どうやら、僕の葛藤を、何かの悩みと思ったらしい。

 ごくりと、クッキーを嚥下した僕は、お茶で舌を湿らせると再びゆっくりと口を開いた。


「ビアンキさん」

「なんだい?」

「聖女様に、手紙を書きませんか?」

「えっ……?」

「そ、その……。届けられないとしても、自分の気持ちを文にまとめるのは、価値があることのように、私は思いまして……」


 自分の正体を明かさずに、こんなことを言うのは不自然だったかもしれない。

 それでも、ビアンキさんは、ほんのわずかな沈黙のあと、こう言った。


「そうさね。それも良いかもしれない」


 天井を見上げたビアンキさん。

 その視線の先には、誰かの姿が、今も鮮明に映っているようだった。


「伝えたいことは山ほどあるしねぇ。自分の気持ちってやつを、紙にまとめてみるのもいいかもしれない」

「それじゃあ」

「ああ、せっかく提案してもらったしねぇ。今度書いてみることにするさ」


 そう言って、ビアンキさんは、少しだけ嬉しそうに顔をほころばせたのだった。

 その後、話題は変わり、ビアンキさんから当時の聖女試験の様子なんかを聞かせてもらった。

 どうやら、聖女試験の内容については、当時と今もほとんど変わっていないらしい。

 第2試験で仲良くなった馬を学園を卒業して行商を始める際に買い取った話などは、僕にとってもとても興味深い話だった。

 僕も卒業したら、クレッセントを買い取るのもいいかもしれない。

 もっとも、それは、僕が聖女にならないという前提の話にはなってしまうけれど……。


「セレーネ様、寒くはありませんか?」

「ええ、大丈夫ですわ」


 ビアンキさんに見送られ、昨日と同じようにアニエスと共に家路に着く。

 雪の舞っていた昨日とは違い、雲一つない空には紅と碧、二つの月が煌々と輝いている。

 もはや見慣れてしまったその幻想的な夜空をぼんやりと眺めながら、僕は考える。

 結局、ビアンキさんに、僕が聖女候補であることや聖女様に会える可能性があることなどを伝えることはできなかった。

 確実性が無い事を伝える踏ん切りがつかなかったのだ。

 とはいえ、ビアンキさんは自分の気持ちをまとめる意味でも、手紙を書いてみると言ってくれた。

 それを聖女様に渡すことができれば、二人の気持ちを再びつなげることができるかもしれない。

 あと半年もすれば、僕とルーナのどちらかが新しい聖女として承認される。

 そうすれば、現役の聖女様は、ようやく肩の荷を下ろすことができるだろう。

 この手紙は、その後の二人のためにも必要なもののように僕には感じられていた。


「でも……」


 僕自身はどうするべきなのか。

 それがますますわからなくなっていく、自分がいたのだった。

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