200.お兄ちゃん、約束を取り付ける
「ふぅ、ありがとうございます。ルカード様」
すっかり軽くなった足で、僕はぴしゃりと立ち上がる。
さっきまで歩くのさえ辛かったのが嘘のようだ。
ルカード様の手は、まるで魔法の手だな。
「お疲れが取れていたならなによりです」
「もう、バッチリですわ! 本当にありがとうございます!!」
さて、これで帰り道も大丈夫だろうし、そろそろお暇させてもらうとしようか。
と、踵を返す前に、ふと思いついて僕は口を開く。
「あの、ルカード様。最後に少し伺いたいことがあるのですが」
「はい、何でしょうか?」
「聖女様についてのことです」
何気ない風を装いつつ、僕はルカード様に質問する。
「一度、その……お目にかかることはできないのでしょうか? 色々お話を伺ってみたくて」
「それは……」
ふむ、と口元に指を添えるルカード様。
おっ、真っ向から否定しないということは、もしかして、ワンチャンある?
ジッと見つめつつ回答を待っていると、ルカード様はしばらく熟考した後、視線を上げた。
「聖女候補であるセレーネ様であれば、あるいは謁見の許可も下りるかもしれません」
「本当ですか!!」
「はい。ただし、私の独断で決められることではありません。少し時間をいただければ、働きかけること自体はできるかと」
「十分ですわ!!」
いや、言ってみるもんだねぇ。
聖燭祭までには間に合わないかもしれないけど、聖女様に直接会える機会が貰えれば、色々と見えてくるものもあるかもしれない。
僕の中にある"迷い"。
それを払拭するためにも、どうしても聖女様に会わなければならないという気持ちがずっと胸の中にあったのだ。
「絶対というわけではありませんので、それだけはご承知おき下さい」
「もちろんです。無理を聴いて下さって、感謝致しますわ」
こうして、聖女様との謁見へ一歩前進した僕は、意気揚々と帰路に着いた。
白の教会の玄関でアニエスと合流し、町中を歩いていく。
日中で雪はすっかり溶けてしまったようで、ぬかるむ道を慎重に歩いていくと、途中、見知った顔に声を掛けられた。
「おや、あんたは……」
横合いから掛けられた首を振ると、そこに立っていたのは、つい昨日会ったばかりのあの元聖女候補、ビアンキさんだった。
「ビアンキさん。ご機嫌麗しゅう」
優雅に挨拶をすると、彼女はなんだか懐かしいものを見るように目を細めた。
「その挨拶も、随分懐かしいねぇ。いやぁ、今となっては、あたいもよくお貴族様と学校生活なんて送ってたもんだよ」
「お散歩ですか?」
「お買い物さ。ようやくまともに歩けそうだしねぇ」
腕にかけた買い物カバンを掲げるようにして、彼女は言う。
「あんたらは、今日は2人なのかい?」
「あ、はい。ルーナちゃんは、今日は別で」
彼女に差をつけられないように、一人でこっそり"舞い"の練習してました、とは言えない。
「そうかい。ちょうど夕食の買い物も済んだところだし、どうだい? 今日もうちで食べて行ってくりゃしないかね?」
「えっ?」
唐突なお呼ばれ。
ふむ、特に夕食の約束があるわけでもないし、お呼ばれに応じるのはやぶさかではないんだけども、さすがに二日連続はちょっと悪いかなぁ。
いや、でも……。
昨日と違い、今日はルーナがいない。
となれば、元聖女候補であるこの人に、もう少し突っ込んだ質問をする機会も今日ならあるかもしれない。
アニエスに目くばせすると、彼女は"セレーネ様のお好きなように"といつもの鉄面皮のまま小さく頷いてくれた。
「是非、ご相伴にあずからせていただきますわ」
こうして、僕は再びビアンキさんの家へと招待された。
元々旦那の行商に付き合っていたというビアンキさんの動きは非常にテキパキとしていて、アニエスも感心している様子だった。
手伝う間もなく、あれよあれよという間に、テーブルには立派な夕食が用意されていた。
「お貴族様の口に合うかは、わからないけども」
そうは言いつつも、どこか自信ありげに、まずはスープを勧められる。
ゆっくりと一口含むと、温かさとともにじんわりと香草の爽やかな風味が広がった。
「好きな味ですわ。おいしいです」
「そうかい? どんどんお食べ。ほら、メイドの嬢ちゃんも」
こうして、アニエスも一緒に、ビアンキさんの食事をいただく。
どれもこれも、それほど絶品というわけではないのだが、なんだか染み入るようなおいしさがある。
これが年季というやつだろうか。
いつしかお腹がパンパンになるまで舌鼓を打った僕は、ふぅ、と息を吐いていた。
「ごちそうさまです」
「私も、馳走になりました」
「ふふっ、頑張ってくれたねぇ」
なかなかの量だったが、なんとか食べ切れた。
1日今日は動きっぱなしだったし、なんだかんだかなりお腹が減っていたようだ。
食後のお茶を頂きつつ、膨らんだ下腹部を撫でていると、そんな僕の姿をビアンキさんが、頬杖をつきながら見つめていた。
「どうかされましたか?」
「いやね。あんたちょっとローラの奴に似てると思ってねぇ」
「えっ?」
現役の聖女様の名前が出て、僕はびくりと反応する。
ちょうど良い。あちらからきっかけをくれたことだし、このチャンスを逃すわけにはいかない。
なんでもない風を装いつつ、僕は口を開いた。
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