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197.お兄ちゃん、碧の魔力を使う

 なんだかんだと雪合戦は白熱した。

 貴族連中は、こういう一般的な遊びの経験がない者ばかりだ。

 そのせいで、魔法が飛び交うルール無用の残虐ファイトになりかけていたが、戦力的にはちょうど五分五分くらいに分かれてくれたので、一方的なゲームにはならずに済んでいた。


「アニエスはレオンハルト様が抑えてくれてるみたいですわね」


 身軽さで言えば、メンバー随一のアニエスをレオンハルトが攻めつつも牽制してくれているおかげで、こちらへ飛来する雪玉の数も減っている。

 その上、ルカード様の障壁魔法はちょっとしたチートなので、僕はほぼほぼ安全地帯から時折雪玉をフィンに向かって投げつけていた。


「くっ、あの防御壁を突破しないことには……!!」


 僕の雪玉を風魔法で捌きながら、フィンが歯がゆそうに顔を歪める。

 そんなフィンの傍らにはルイーザ。

 彼女は、せっせと雪玉を作ると、それをフィンへと手渡していた。

 それにしても凄い速さだ。

 さすが、普段からおにぎり作りで鍛えられているだけのことはある。


「フィン様!! これで足りますでしょうか?」

「ありがとうルイーザさん。これなら……!!」


 そして、フィンがルイーザから受け取った大量の雪を風魔法で頭上へと巻き上げる。

 なるほど、どうやら彼は、ルカード様の障壁が、前方にしか展開していないことに気づいたらしい。

 大量の雪玉を前方だけでなく、頭上から降り注がせることで、僕へと届かせようというのだ。


「セレーネ様!! 上から来ます!!」


 前方から来る雪玉を障壁で防ぎながら、ルカード様が叫ぶ。

 見上げた空の青の中には、数十個の白い斑点が僕へと迫っている。

 紅の魔力で身体能力を強化しても、足場の悪いここでは、あれらを全て回避するのは難しいだろう。

 ならば──。

 僕は瞳を閉じると、魔力の弁をイメージする。

 聖女候補である僕が操る魔力は"白"。

 そして、白の魔力とは、あの2つの月と同様に"紅"と"碧"の魔力が混然一体となったものである。

 だからこそ、意識的にどちらかの魔力を使わないようにすれば、もう一方の魔力のみを使うこともできる。

 僕はこれまで、その特性を活かし、紅の魔力を使うことで身体能力を強化させてきた。

 だとすれば、逆もまたしかり。


「風よ!!」


 僕は頭上に向かって、両の掌を向ける。

 すると、一瞬の沈黙の後、竜巻のような風がそこから生じた。

 その風に煽られてて、僕へと迫ってきていた雪玉が、次々と四散していく。


「えっ!? 姉様……!?」


 それを見たフィンが驚きの表情を向ける。

 今のは、フィンが度々使っている魔法。

 僕はそれをコピーしてみせたのだ。


「ふふっ、隠れて練習していた成果が出ましたわね」


 自身の手のひらを見つめながら、僕はほくそ笑む。

 紅の魔力を使った時から、僕ならば、碧の魔力も使えるのではないかと少しずつ練習していた。

 特に、あの邪教徒の一件以降は、自衛の手段を増やすためにも、さらに熱を入れて訓練をしていたのだが、ようやくそれが形になったようだ。

 もっとも、コピーはあくまでコピー。

 僕の碧魔法には、フィンほどの威力も精度もありはしない。

 それでも、向かって来る雪玉を弾く程度の力はある。


「さあ、どんどん来てくださいまし!!」


 ブンブンと肩を降った僕は、自分の投げた雪玉に追い風を送り、後押しする。

 その雪玉を今度はフィンが風魔法で防ぐ。

 おお、魔法使いの戦いって感じになってきた。

 ちょっと楽しい。




 さて、その後も雪合戦は果てしなく続いた。

 攻め手の足りなかった僕のチームだが、途中からはアミールとシュキが仲直りしたのか復帰、喧嘩していたとは思えない、良い連携プレーを見せてくれた。

 しかし、彼らの投げた雪玉は、全部ルーナによって避けられる。

 なんだかんだ、紅の魔力を使えるルーナは機敏だ。

 彼女も雪遊びの経験はほとんどないはずなのだが、雪上を転がるように見事に避けている。

 レオンハルトも時折、巨大な雪玉を作って攻撃しようとするのだが、アニエスがそれらを見事に阻止していた。

 まさに実力拮抗。

 こりゃ、お互いの体力と魔力が尽きるまで続きそうだなぁ、と少しばかり油断していると、僕は背後にわずかに気配を感じた。

 反射的に身体を右に逸らす。

 すると、頭のすぐ横を雪玉が通り過ぎた。

 あ、あぶねぇ……というか。


「エリアス様!?」

「必勝のタイミングだったのですが……」


 振り返ったそこにいたのはエリアス。

 そう言えば、雪合戦が始まってから、今まで彼は姿を見せていなかった。

 どうやら、かなり大回りして、気づかれぬうちに、背後に回っていたらしい。

 派手なアニエスやフィンの立ち回りに気を奪われているうちに、隙をうかがっていたとは、策士な彼らしい。


「気づかれた以上。僕では、セレーネ様に雪玉を当てられそうにないですね」


 一応、右手に雪玉を持ちつつも、投げるそぶりのないエリアス。

 確かに、彼の身体能力は並だ。

 レオンハルトのような超人ではなく、一般の男子生徒と同程度。

 対して、僕は一応は剣術の心得があるし、魔法だって使える。

 至近距離とはいえ、エリアスに雪玉を当てられる気はいっさいしなかった。


「エリアス様、お覚悟を!」


 逆に、僕の方がエリアスに雪玉をぶつけようと腕を振りかぶった時だった。

 エリアスが、わずかに口の端を釣り上げた。


「今です!!」

「えっ!?」


 エリアスが叫んだ瞬間、雪の中から何かが飛び出した。

 真っ白い冬毛に覆われたそれは……シャムシール!?

 至近距離に現れたシャムシールは、僕を馬乗りになるようにして押し倒す。

 うっ、ほんとに大きくなったなぁ、こいつ……じゃなくて!!

 見上げれば、シャムシールの口には、雪玉が咥えられていた。

 彼は、それをポトリと僕の上へと落とした。


「あっ……」


 冷たい感触が、僕の眉間の辺りから伝わる。

 しまった。これ……。


「これで、僕達の勝ちですね」


 シャムシールの得意げな顔越しに、エリアスは無邪気に微笑んでいたのだった。

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