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192.お兄ちゃん、聖女の在り方を思う

 ビアンキさんが辿った運命。

 それは、まさに僕が密かに悩み続けていたことそのものだった。

 あの黒の大樹を見るにつけ、邪教徒の脅威に触れるにつけ、そして、聖女のあり方を知るにつけ、僕は聖女になることが本当に絶対の正義なのか、いつしか疑問を持ち始めていた。

 聖女の運命は過酷だ。

 恋愛は許されず、自由にどこかに行くことも叶わず、多くの人と関わることもできない。

 そして、それにも関わらず、常に見知らぬ人々の事を思って祈りを捧げなければならない。

 女王という肩書きこそ立派ではあるが、その生き方は、僕にとって非常に窮屈なことのように思えた。

 破滅エンドを回避するということ。

 僕は、この世界に転生してから、それを最優先事項として行動してきた。

 それゆえに、深く考えもせずに、ルーナを聖女にするという方向性をこれまで貫いてきた。

 だが、本当にそれでいいのだろうか。

 目指すエンディングを迎えた場合、ルーナは聖女になり、僕はその補佐官に納まる。

 つまり、僕だけは、ルーナとずっと一緒にいることはできるかもしれない。

 それでも……。

 僕は、ルーナの方をチラリと覗き見る。

 彼女はなんだかとても心配そうな表情をしていた。

 それは、自分の今後がどうだとかそんなことを考えている顔ではなく、おそらくビアンキさんと聖女様が仲直りできないままに離れ離れになってしまったという点を気にしてのものだろう。


「もしかして……」


 ルーナが食べかけのアップルパイへと視線を向ける。


「ビアンキさんは、聖女様のためにアップルパイを……?」

「ふふっ、会えるはずなんてないと、わかってるのにねぇ」


 ルーナの指摘を否定せず、ビアンキさんは自嘲気味に笑った。


「渡せるあてなんて何もないのに、気づけば時折アップルパイを拵えて、白の教会の前にいたさ。ふふっ、自分でも気づかないくらい、あたいはあの娘の事をずっと気にしてたらしいね」


 聖女様に直接お会いできるのは、ほんのわずかな者だけしかいない。

 僕達、聖女候補ですらまだお目にかかれないほど、聖女様は厳重に保護されている。

 当然だ。聖女様がいなければ、このカラフィーナ大陸の安寧を保つことはできない。

 聖女という存在がいなくなっただけで、黒の大樹は息を吹き返し、大陸には魔物があふれ出るようになるだろう。

 元聖女候補とはいえ、ただの平民である彼女が、聖女様に会うことはどうあっても不可能。

 それでもビアンキさんは、聖女様のためにアップルパイを焼いた。


「でもなんだか、あんた達に話して、少し気が晴れたような気がするよ。もう、随分と年月が過ぎちまった。今更、あの娘に謝りたいなんて思うのも、あたいが楽になりたいだけなのさ。だから、今日は、あんたらにアップルパイを食べてもらえてよかったよ。ほら、まだ余ってるから、ちゃんと全部食べてきな」


 そう言いながら、自身も二切れ目のアップルパイを食べ始めるビアンキさん。

 飄々としているように見えて、その表情は、どこか寂しそうにも思えた。




 それから、ほんの少しだけ今のアルビオン学園の様子なんかをビアンキさんに話した。

 僕とルーナが聖女候補であるということは伏せているので、詳細を話せないことも多かったが、行事や普段の授業の様子なんかを話すと、ビアンキさんはどこか青春を懐かしむような穏やかな表情で聞いてくれていた。

 どれくらいそうしていただろうか。

 さすがに門限の時間が近づいてきた時、アニエスに促されて、僕とルーナは帰路へと着いた。

 ビアンキさんの作った大きなアップルパイは、その場ではとても食べきれず、彼女は僕達それぞれに残ったアップルパイを包んでくれた。

 わずかばかり積もった雪道を滑らないように、ゆっくりと僕達は歩いていく。


「セレーネ様……」


 どこか縋るような声で僕の名を呼ぶルーナ。

 彼女が言いたい事はわかる。

 なんとか、ビアンキさんの想いを、聖女様に伝えられないか、ということだ。

 僕は、ふぅ、と息を吐くと、ルーナを安心させるように微笑みかけた。


「先ほどは、変に希望を与えてしまってはと思って黙っていましたが」


 そう前置きしつつ、僕は続ける。


「聖燭祭の関係で教会にお邪魔している今であれば、聖女様にお会いできる可能性もあるかもしれません」

「だったら!!」

「直接ビアンキさんに会ってもらうことは難しいかもしれませんが、例えば、手紙を渡すとか、そういうことでしたら、あるいは」


 それに、もし僕ら自身が聖女様と直接お会いする機会が無かったとしても、ルカード様にお願いすれば、手紙くらいだったら届けてもらえる可能性だってある。

 ビアンキさんが何十年にも渡って抱え続けた想い。

 彼女は、自分のためだと言ったが、それはきっと聖女様……いや、ローラのためにもなるように、僕には思えた。


「とりあえず、明日の稽古の際に、ルカード様に一度聖女様とお会いできる機会がいただけないか、伺ってみましょう」

「はい!! セレーネ様!!」


 確認してようやくホッとしたのか、ルーナは鼻歌交じりに帰路を行く。

 舞い散る雪の中を意気揚々と歩いていくルーナ。

 その小さい背を見るにつけ、彼女に本当に聖女という重荷を背負わせても良いのか、僕はますますわからなくなっていく一方だった。

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