191.お兄ちゃん、先輩聖女候補の話を聞く
今から40年近く前の話だ。
アルビオン学園に二人の平民が入学した。
一人は、白の国出身の少女ビアンキ。
もう一人は、孤児院出身の少女ローラ。
貴族ばかりが通う名門校アルビオン学園に、平民の二人が入学できたのはほかでもない。
彼女達に白の魔力を操る才覚があり、聖女候補として認められたからだ。
「最初は、周りの貴族連中からは腫れ物に触れるような扱いだったさねぇ」
入学当初は、平民でありながらも、聖女候補として学園に入学してきたビアンキとローラは、どこか浮いた存在だった。
元々、生活してきた環境も違えば、勉強をしてきた下地も違う。
特にビアンキは、平民の中でもあまり裕福な家庭の生まれではなく、入学までは教会の運営する日曜学校くらいでしか勉強をしたことがなかったそうだ。
対して、ローラは孤児院出身ではあるが、12歳で聖女候補として認められてからは、当時の教区長様の養子となっており、入学までにそれなりの教養を備えられてきた。
そのギャップは大きく、同じ聖女候補でありながら、後ろ盾があり、なんでもそつなくこなすローラに対して、当初ビアンキは劣等感や反発心を強く感じていたらしい。
「だからね。色々と嫌な事もしたさ」
「嫌な事?」
「例えばそう、彼女の靴に鋲を入れたりだとか。ノートに落書きしてやったりだとか」
な、なんと古典的な嫌がらせ……。
まるでゲーム本編のセレーネのようだな。
それにしても、現役の聖女様の名前は"ローラ"というのか。
話を聞いていると、それぞれの出自の違いだとか、どこか今の僕らに通ずる部分もあって面白い。
「その上、好きな男の人まで同じになってね」
「えー、そうなんですか!!」
きゃぴきゃぴと楽し気なルーナ。
本当、女の子ってそういう話好きねぇ。
「どんな男の人だったんですか!?」
「男爵家の冴えない三男坊さよ。でも、顔と、あと声だけは良くてねぇ。平民に優しかったのもあって、2人ともコロリとね」
思い出すように照れるビアンキさんの姿は、どこか女学生のようだ。
「そのせいで、一時は余計に敵対するようになったんだけどさ。あの娘ったら、何やっても怒らないのよ。それどころか、何があっても自分が悪いって、えらく殊勝な態度を取ってねぇ。最初は、それにもイライラしたもんだったが、途中で気づいちまったんだよね」
「何にですか?」
「ああ、この娘、聖女になるためのことしかしてこなかったんだなぁ、って」
少しだけ鼻から息を吐いたビアンキさんは、言葉を続ける。
「孤児から突然、聖女候補として祭り上げられてさ。ずっと、誰かのために人生を歩まされてきた。だから、この娘には"個"ってものがないんだ、と。それに気づいた瞬間、なんだか、とっても不憫に感じちまってねぇ。それからは、こうなんというか、妹のような感覚で、世話を焼くようになっちまったのさ」
「へぇ……」
聖女になるためだけの存在……か。
「その後は、聖女試験でも恋でも正々堂々。ライバルだけど、友達っていうかさ。なんだかんだ、少しずつ打ち解けて行って……。周りの貴族連中もさ。中には良くしてくれるような子も増えてさ。いや、本当に楽しい学生生活だったさ」
「ふふふ、私達みたいですね。セレーネ様♪」
「そ、そうね……」
相槌を打ちつつも、ビアンキさんに気取られないように声は潜める。
「でもね。いざ、最後の試験が始まるって時だよ。あの娘と初めての大喧嘩をしたのは」
「ど、どんな喧嘩だったんですか……?」
「あの娘が言い放ったんだよ。ビアンキじゃ絶対に聖女にはなれない、ってさ」
お互いがライバルである以上、それは当たり前のセリフにも思えたが、ビアンキさんはどこか自嘲的な表情で言葉を続けた。
「今までもお互いに負けん気を発する事はあったんだけどね。その時だけは別だった。いつの間にか妹のように感じていたローラが、バカにするような、こちらを下に見るような言い方をしたもんだから、ついカチンと来ちまってね。最終試験を前にして、仲違いしちまったのさ」
「そ、それで、どうなったんですか……?」
「そりゃ、御覧の通りさ」
彼女は、自分の格好を見ろ、とばかりに両手を広げる。
「あたいは聖女試験に敗れ、あの娘は聖女になった。それだけの話」
「え、でも、それじゃあ……」
「仲直りは……できないままだったねぇ」
再び鼻を鳴らすように息を吐いた彼女は、視線を天井へと向けた。
「聖女試験の方は負けたけどさ。恋の勝負の方はあたいの勝ちさ。学園を卒業してすぐに、さっきも話した三男坊と一緒になった。家を出て、平民になった旦那と商売を始めて、行商の旅に出てからは色々苦労することもあったけどね。それでも、愛する人と過ごしたかけがえのない日々は、本当に幸せなものだったさ。でもね、時折頭に浮かぶのさ」
今も想像を巡らせるように、彼女は瞳を閉じる。
「もしかして、あたいのこの幸せは、ローラの犠牲のもとに成り立っているものなんじゃないのか。あの時の言葉は、あたいのために言ってくれたものだったんじゃないか、ってね」
どこか絞り出すようなその言葉に、僕の胸は今にも締め付けられそうだった。
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