190.お兄ちゃん、おうちに招かれる
「はっはっはっ!! あたいの事を聖女様を狙う邪教徒だと思ったってわけかい!!」
目の前に立つ、赤髪の中年女性。
ビアンキと名乗ったその女性は、事情を聴くと、怒るどころかたちまち笑顔を浮かべた。
「ほ、本当に、申し訳ありませんわ!!」
完全にこちらの落ち度なので、平身低頭していると、ビアンキさんは手を横にひらひらと振った。
「いいよ。あたいも怪しい動きしたのがそもそも悪かったんだしね。そちらのメイドの嬢ちゃんがまるで殺し屋みたいな顔してたもんでさ。思わず逃げちまって」
「こ、殺し屋……」
アニエスがズーンと沈み込んだ。
本人的には怪しまれないように声をかけたつもりなのかもしれない。
まあ、アニエスって、無表情で迫ってくると、ちょっとター〇ネーターっぽさがあって、怖い時あるしな。
「と、ところで……」
さっき使ったのは間違いなく白の魔力。
聖女しか使えないはずの白の魔力をこの女性は使いこなしていた。
もしかして、この人って……。
「おばさんって、もしかして、聖女様ですか!?」
僕が問うよりも早く、ルーナがあまりにもストレートに問い掛けていた。
白の魔力を使える=聖女様。
うん、簡単な図式だ。
聖女様は、もうそれなりの歳だそうなので、年齢的にも符合する。
状況から考えると、お忍びで市中に繰り出していた聖女様が、自分の住居である白の聖塔へと戻ってきたと考えるのが妥当だろうか。
一般人だと名乗ったのは、あくまで秘密裏に外出していたからだろう。
とにもかくにも、僕とルーナ以外で、白の魔力を平然と扱うとなれば、聖女様であるとしか考えられない。
「あたいが聖女様だって?」
しかし、ビアンキさんは、おかしそうに小さく笑いながら、首を横に振った。
「いやだよ、違う違う。あたいはそんな立派なもんじゃあないよ。あー、さっき、魔法を使ったからかい?」
「はい、白の魔力を使ってましたよね!!」
「ああ、それはさね」
ひとしき笑った彼女は、笑いすぎて目の端にたまった涙を拭いながら、こう言った。
「あたいが、"聖女のなり損ない"だからさ。あー、くしゅん!!」
どこか愛嬌ある調子でそう答えた彼女は、鼻水を垂らしながら、身を縮こまらせたのだった。
「とーっても、おいしいです!!」
目の前のテーブルに置かれた、大きめのアップルパイをルーナがもしゃもしゃと咀嚼している。
ところ変わって、僕らがやってきたのはビアンキさんのおうち。
あの後、すぐに彼女を家まで送ったのだが、彼女の方からどうせなら、ということでこうやって上がらせてもらうことになった。
本人は、濡れそぼった服を着替え、暖炉で温まっている。
「ほ、本当にいただいてしまって、宜しいんでしょうか?」
「いいのいいの。むしろ、大きく作りすぎちまったもんでね。若い娘の胃袋だったら、それくらい食べられるだろう?」
「で、では、お言葉に甘えて……」
僕も、カットされたアップルパイをフォークで口へと運ぶ。
いかにも家庭で作ったお菓子という感じのそれは、どこか温かさがあり、ホッとするような味がした。
「おいしいかい?」
「はい、とても」
「ほらほら、メイドの嬢ちゃんもお食べ」
「ごちそうになります」
そのままアニエスにも食べるように促したビアンキさんは、満足そうに僕らが食べるのを見つめながら、温かいお茶を運んできてくれた。
「す、すみません。私達、ご迷惑をかけてしまったのに、こんなおもてなしまで……」
「いいのいいの! 旦那も今は遠出しててね。一人でアップルパイを食べるのも、味気なかったもんだからさ」
そう言って、自身もアップルパイを手づかみで頬張るビアンキさん。
このアップルパイは、元々、彼女が持っていた大きめのバスケットに入っていたものだった。
「あの、このアップルパイ、もしかして、どなたかに届けられるものだったのでは……?」
「あはは、まあ、そうなんだけどね。でも、どうせ渡すことは、できなかっただろうからさ」
ほんのわずかだけ目を伏せたビアンキさんはそう言った。
"聖女のなり損ない"。
彼女は、自分の事をそう説明した。
おそらく、彼女は……。
「もしかして、ビアンキさんって、聖女候補だったんですか?」
またもや、ルーナがストレートに尋ねる。
聖女様と同じ世代で、白の魔力を扱え、なおかつ"聖女のなり損ない"なんて名乗ったとすれば、確かにそれ以外考えられない。
そうだよな。
考えてみれば、僕とルーナが聖女試験で争っているように、現役の聖女様にもきっとライバルがいたはずで、それがビアンキさんだとすれば、色々と合点がいく。
「聖女候補ねぇ。そんな呼ばれ方をしていたこともあったさね」
どこか遠い目を窓の外へと向けるビアンキさん。
やはり彼女は、現役の聖女様とライバルだった存在。
つまり、ヒロインに対しての、僕と同じ存在ということだ。
「やっぱりそうなんですね!! 実は私達も──」
「ルーナちゃん!!」
僕は慌ててルーナの口を塞ぐ。
一応は、一般の人には、僕やルーナが聖女候補であるということは口外しないことになっている。
それに、まだ本当にビアンキさんが聖女候補だったのかどうかも定かではない。
僕らが、今代の聖女候補である事は、とりあえずは黙っておいた方が良いだろう。
「私達も……何だい?」
「あ、いえ、私達は"ただの"仲良し学生コンビ、セレーネとルーナでございますわ。おっほっほっ」
誤魔化すようにそう伝えると、ビアンキさんの視線が、僕とルーナの着ている制服へと向いた。
「アルビオン学園……懐かしいねぇ。あの頃の制服のまんまさ」
「ビアンキさんも、アルビオン学園に通ってらしたんですか?」
「ああ、うちはド平民だったけどね。聖女候補だってんで、あの学校に入学できたのさ」
思い出すように、ビアンキさんは視線をどこかへと彷徨わせる。
「あの、私達、聖女様の事について、興味がありますの! 当時のお話を伺っても?」
「ん、ああ、そうさね。なんだか今日はあたいも、昔話をしたい気分さね」
どこか照れたように柔らかく笑った彼女は、それからゆっくりと自分の学生時代の話をしてくれた。
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