188.お兄ちゃん、メイド騎士の心を溶かす
「お嬢様、お疲れさまでした」
無表情で僕を労うアニエス。寒空の下で、ずっと護衛をしてくれていた彼女の鼻は少し赤くなっていた。
そんな彼女と白の教会の出入口辺りで合流した僕は、すぐさま教会の方に頂いた温かい飲み物を差し出した。
恐れ多いと言い出す彼女を、コンディションをベストに保つのも護衛の務めです、と宥めつつ、強引にコップを渡す。
一瞬触れたアニエスの手は冷え冷えだった。
一緒に部屋で護衛してくれていれば良かったのだが、彼女は頑なにそれを断って、教会の前でまるで守衛のようにずっと立つ事を選んだ。
白の教会は神聖な場所だ。
だから、聖女候補である僕ら以外が、おいそれと踏み込むことがはばかられたのかもしれないが、それ以上に、なんとなく最近のアニエスには距離を感じている。
以前にも増して、自分を卑下するようになったというか、僕と不必要な接触を避けているというか。
だから、護衛をしてくれている時も、自分の横にいるのではなく、一定の距離を置いて見守ってるような形でいることが多い。
原因は、もちろん例の邪教徒の一件。
自分の父親が関わっていたという負い目が、どうしても、彼女にそんな行動を取らせてしまっているように思える。
「ありがとうございます。セレーネ様。私なんかに……」
「あの、アニエス。そろそろ、そういうの止めに致しませんか?」
ちょうどよい機会なので、この際、伝えてしまおう。
「先日の件で、アニエスが負い目を感じる必要なんて、これっぽっちもないのですわ」
「……お嬢様にそうおっしゃっていただけても、やはり、そういうわけには参りません」
両手でコップを握り込んだまま、立ち昇る湯気へと視線を落とすアニエス。
本当に、真面目で融通が利かない人だな。
言葉で伝わらないなら……。
「あっ……」
僕は、アニエスの背中へとゆっくり手を回した。
鍛え抜かれながらも、細くしなやかなその身体は、外気にさらされ、冷え切っている。
そんな身体を温めるように、僕はギュッと抱きしめた。
「お嬢様、いけません。私の身体は今、とても冷えて……」
「アニエス。以前、あなたがしてくれたことですわよ」
「えっ……?」
記憶の中にあるのは、彼女との温かい思い出の数々。
その中でも、初めての聖女試験の前日、背中から抱きしめてくれたことは、今でもよく覚えていた。
いつだって、彼女は僕の無理に付き合ってくれた。
それだけでなく、無償の温かさで、僕を包み込んでくれた。
「あなたはいつも私を優しく見守ってくれました。だから、あなたが辛い時くらい、私にもあなたを温めさせて下さいな」
「お嬢様……」
「なーんて、本当はただ寂しいだけですの」
彼女の耳もとで、僕は少しだけ拗ねたように唇を尖らせる。
「最近、アニエスとの間に距離を感じて、私、とても寂しいのですわ」
「それは、もっと近い距離で護衛して欲しい、ということでございましょうか」
「アニエス。あなた、わかっていて、言ってますわね……」
少しだけ、以前の調子を取り戻してきたアニエスに、僕はホッと胸を撫で下ろす。
「今日、帰ったら、久しぶりに2人でお風呂に入りたいということですわよ。そこで、じっくりお話しましょう。ガールズトークというやつですわ」
「……本当に、宜しいのですか?」
「そういうのが嫌なんですの!! これ以上、そんな無駄な返答をしたら、私、本当に拗ねますわよ」
ぷぅ、と頬を膨らませながら、そう伝えると、アニエスの身体が急にガクガクと震え出した。
「ア、アニエス……?」
「な、なんでもありません……」
手に持ったコップよりもさらに視線を落としたアニエスは、震える声でそう言った。
そして……。
「セレーネお嬢様。ありがとう……ございます……」
震える声で、それでも彼女は、一言一言かみしめるようにその言葉を紡いだ。
仄かに舞い散る雪の中、僕はあと少しの間だけ、その肩を抱き続けた。
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