184.お兄ちゃん、弟の成長にドキリとする
そんな会話をしたその日の帰り道の事だった。
「姉様!」
ルーナとルイーザに別れを告げ、1人(厳密にはアニエスも近くにいるけど)になったタイミングで声をかけられた僕は、ゆっくりと振り向く。
「あら、フィン」
そこに立っていたのはフィンだ。
今日はきちんと男子生徒の服装をしているフィンは、なぜか、少し緊張した面持ちで、その場に立っている。
「突然ですわね。どうかしましたの?」
「あ、あのさ。姉様……」
問い掛けると、意を決したようにこちらへ顔を向けた彼は、こんな風なことを言った。
「聖燭祭の日。姉様と一緒にいてもいいかな?」
「えっ……?」
なんだなんだ。急にどうした。
「いや、その、あまり姉様を1人にさせたくない……というか」
そう言って、わずかに視線を逸らすフィン。
ふむ、どうやら、フィンは僕の事を心配してくれているようだ。
紅の国での一件は、家族とルカード様等の教会関係者にはすでに報告済みだ。
知らせた直後のフィンは、なぜ自分がその場にいなかったのかと、相当悔やんでいた。
そんなフィンだからこそ、出来る限り、こういう機会には、僕の傍にいたいと思ってくれているのかもしれない。
あー、本当に、この義弟は……。
「ありがとうございます。フィン」
言いながら、僕はゆっくりと彼の身体を抱きしめた。
「ね、姉様……!?」
「先日の件は、心配をかけてしまってすみません」
「本当だよ。もう……」
「でも、今は大丈夫ですわ。アニエスも常に見守ってくれていますし」
出来るだけ安心させるように微笑みかけるが、彼の表情からは心配が拭えない。
「それでも、やっぱり……」
「あー、そうだ。でしたら、是非、フィーとしてご一緒して下さいな」
パンと両手を打ち合わせる僕。
「実は、ルーナちゃんやルイーザさんと聖燭祭を回る約束をしていますの。フィーとして、フィンに来ていただければ、ルイーザさんもきっと喜びますわ」
というか、彼女、フィーの事呼ぶ気満々だったしね。
「……いいよ」
女装で聖燭祭に参加することを嫌がるかと思ったフィンだったが、彼は真剣な表情でコクリと頷いた。
「姉様の近くにいられるなら、形はどうあれ構わない」
真っすぐ僕の瞳を見ながら、彼はそう言った。
その態度が、あまりにも真摯で、思わず胸に熱い何かがこみ上げてくる。
「き、決まりですわね!! ルイーザさんも大喜びですわ……!!」
胸の高鳴りをごまかすように、手を打ち合わせながらそう言うと、彼はそんな僕の手をグッと握った。
「えっ……?」
「寮まで送るよ。姉様」
「う……うん」
そう言って、僕の手を引いたまま、歩調を合わせるように歩き出すフィン。
その姿は、弟というよりは、どこか頼れる"男性"のように見えて……。
なんだよ。子どもの頃だって、手を繋いだことくらい、いくらでも……。
弟の成長に戸惑いつつも、僕は寮に着くまでの間、一言も発することができなかったのだった。
さて、さらにその翌日の事だった。
ルカード様からの突然の呼び出しを受けた僕は、放課後、学内の白亜の塔へと向かっていた。
ここに呼び出される時は、おおよそ次の試験についての連絡がある時だ。
妹の話では、第3試験での引き分けの影響で、第4試験はカットされる流れになるのではないか、という話だったが、その連絡だろうか。
やっぱり実施します、とかいう流れだったら嫌だなぁ、なんて思いながら、塔までの道を歩いていると……。
「この曲は……」
聞き馴染みのある笛の音が僕の耳に入る。
この方角は湖の方だろうか。
チラリとそちらの方へと顔を出すと、案の定そこには褐色肌の彼がいた。
「アミール様」
「おっ、釣れた釣れた」
僕の顔を見るや否や、笛を吹くのを止め、ニヤリと微笑むアミール。
あれ、もしかして、笛を弾いていれば、僕がひょっこり顔を出すとか思ってる?
「人を魚みたいに言わないで下さいまし」
「あながち間違っちゃいないだろ? お前の歌声には、人魚もびっく──」
「一言一句違えず、以前にも聞きましたわよ。その台詞……」
はぁ、と嘆息しつつそう返すと、彼はなんだか楽しそうに笑った。
「へっ、なんだか最近元気が無かったが、ちょっとはいつもの調子に戻ってきたみたいだな」
「えっ……?」
アミールには、邪教徒の一件は伝えていない。
自分自身、他の人の前では、気落ちしている様子は見せていないつもりだったのだが、彼は僕の些細な変化に気づいていたらしい。
この人、雑に見えて、いつも凄く他人の事観察してるよな……。
ヨッと勢いをつけて立ち上がったアミールは、そのまま僕の目の前まで来ると、ポンポンと頭を優しく叩いた。
「何があったか知らねぇが、お前が元気になって良かった」
「アミール様……」
普段の少しばかり粗野な雰囲気と違って、なんだか妙に優しい彼の様子に、思わず胸がぽわ~っとなる。
「さて、そんな元気になったお前に、一つ提案なんだが」
前置きすると、彼はコホンと咳払いした後、こう言った。
「今度の聖燭祭、俺と一緒に回らないか?」
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