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179.お兄ちゃん、剣戦を見届ける

 それから僕はレオンハルト、そして、クレッセントと共に王都への道を戻っていった。

 途中、ボロボロの姿のアニエスを見た時は、心臓がキュッと締まるような思いだったが、残った白の魔力で、彼女の怪我もなんとか治療をすることができた。

 実の父親が邪教徒に身を堕とし、なおかつ、僕を攫おうとしたこと。

 そして、実家に連れて行くなどの不用意な行動を彼女は悔いていたが、それに関しては彼女に落ち度はない。

 むしろ、僕の危機管理意識の方がよほど欠如していただけであり、それを謝罪すると、彼女はそれでも頑なに自分が悪かったと首を垂れ続けていた。

 実の父親であるシェール騎士爵は、アニエスに胸を貫かれて虫の息ではあったが、まだ息があった。

 僕は、そんな彼にも白の魔力で治療を施した。

 事実関係を聞くためには、彼を生かしておいた方が良い。

 そんな考えもあったが、むしろ僕は、アニエスに肉親殺しの業をどうしても背負わせたくなかった。

 治療を施した彼は、ほどなくやってきた紅の騎士団に拘束された。

 そして……。


「もう夕方になってしまいましたわね」


 コロッセオへと戻った僕達。

 見上げた空は、すでにオレンジに色づいている。

 祭りの後の寂寥感を感じ、改めてレオンハルトの戦いに水を差してしまったその責任を感じさせられる。

 僕がそんな風に感じていることに気づいたのか、レオンハルトは、僕の肩をポンポンと叩いた。


「気にするなと言ったろ」

「でも……」

「あー、レオンハルト様!!」


 そこへ、やって来たのは、昨日訓練場でも会った若年騎士だった。


「みんな待っていたんですよ!! さあ、お早く!!」

「早くって、お前……」

「宜しいですから!!」


 そうして、騎士に背中を押されていくレオンハルト。

 ポカンとする僕に、近くにいた別の騎士がこう言った。


「セレーネ様もお早く貴賓席へ。間もなく"最後の試合"が始まりますゆえ」


 その言葉を聞いて、僕の瞳はパァッと輝いていた。




 貴賓席へと上がった僕はその光景に驚いた。

 なんら変わらないコロッセオの景色。

 会場には、未だ数万人の観客がその場に留まっていた。

 唯一変わったのは、空の色だけ。

 すでに、レオンハルトが試合を放棄してからかなりの時間が経っているというのに、彼らは待っていたのだ。

 そして、それはもちろん、観客達だけではない。


「金獅子……」


 武舞台の上に立つ、黄金の獅子の面をつけた屈強な男。

 彼もまた、その場でひたすらにレオンハルトが戻って来るのを待っていた。

 そんな彼の目の前へ、ついに当人に戻って来る。

 その姿が見えた途端、会場中が湧いた。

 真っすぐに武舞台への階段を上るレオンハルト。

 さすがの彼も、この状況に驚いているようだった。

 一言、二言、金獅子と会話を交わしたレオンハルトは、彼へと深々と一礼をした。

 そして、剣を抜く。

 ここに改めて、決勝戦が仕切り直されようとしていた。




「まさか、貴公が待ってくれているとはな」


 しばらくぶりに目の前に現れた俺を見ると、彫像のようだった彼は、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、その物言わぬ獅子の仮面越しに、俺を見つめる。

 仮面の奥にわずかに覗く瞳は、まるで、一向に構わんとでも言っているように、俺には見えた。


「恩に着る」


 深々と俺はこの尊敬すべき闘士に向けて、腰を折った。

 王族がこのような大衆の面前で、頭を下げる姿を見せるのはあり得ないことかもしれない。

 それでも、俺はこの律儀な男に、誠意を見せたかった。

 そして、彼が鞘から剣を引き抜く。

 同時に、俺も剣を引き抜いた。

 にらみ合う俺と金獅子。

 彼はすぐさま、剣を逆手に持つ、あの獅子王と同様の構えを取った。

 俺へと放とうとしていた一撃。

 それを、再び放つつもりなのだろう。

 ならば、と俺も同様の構えを取った。

 獅子王レオンハルトの剣。

 彼が再現できると言うならば、俺とて再現して見せよう。

 暮れなずむ夕日をバックに、同じ構えでにらみ合う俺と金獅子。

 そして、俺達は全く同じタイミングで駆け出した。

 加速距離はわずか。そのたった数歩で最高速に達した俺は、その勢いのままに剣を振り抜いた。

 交錯する俺と金獅子の剣。

 だが、わずかに俺の剣は金獅子に及ばなかった。

 押し切られる。

 そう思った、その時だった。

 ふと、右腕に温かい何かを感じた。

 それは、肘の少し上あたり、ずっと巻きっぱなしにしていた、セレーネのハンカチ。

 まるで彼女が力を貸してくれているかのように、そこから身体中に力が広がっていく。

 これは、彼女の魔力なのか……!?

 いや、違う。これは……。


『負けないで!! レオンハルト様!!』


 声が聞こえた。

 そうだ。これは、彼女の"想い"。

 俺は……。


「負けるわけには、いかない!!」


 身体の中に満ち満ちて来る力を全て籠め、俺は剣を振り抜いた。

 すれ違うようにして数歩ほど進んだ俺達は、それぞれが背を向けた状態で止まった。

 確かな手応え、だが、同時に俺の剣にわずかに罅が入った。

 これでも、届かなかったか……。

 そう思った直後、背中越しに剣が折れる金属質な音が響いた。

 振り返る俺。

 その視線の先には、半ばほどから先を失った剣をダラリと提げ、片膝を着いた金獅子の姿があった。

 そして……。


「見事だ。我が息子よ」


 先ほどの一撃の余波か、割れた獅子のマスク。

 その素顔は、カーネル王……父上のものだった。


「父上……!?」

「ふっ、老体に鞭を打った甲斐があった」


 素顔を現した父は、ゆっくりと立ち上がる。

 金獅子が国王だということに気づいた観客達が、にわかにざわつき出す。

 狂乱の最中、一瞬視線を落ち行く太陽へと向けた父は、どこか満足げに俺へと視線を向けた。

 そして、己が折れた剣を武舞台へと投げ出す。


「我が息子、レオンハルトよ。お前こそが、此度の剣戦の勝者だ」


 どこまでも響くような声。

 その言葉を聞いた瞬間、会場を溢れんばかりの歓声が包み込んでいた。

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[良い点] これは……堕ちたな。(ごちそうさまです)
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