176.お兄ちゃん、ピンチに陥る
「ふぅ、ようやく着いたな」
王都からどれだけ離れたのだろう。
邪教徒たちの馬車に乗せられた僕は、いつしか暗い森の中へと連れて来られていた。
馬車を降りたすぐ傍には、粗末な小屋がある。
どうやら、ここが彼らの言う隠れ家らしい。
「さあて、聖女ちゃん。ちょっと汚いけど、ここに入っててね」
カードの男が、私の腰を必要以上にさすりながら、小屋の中へと誘導する。
まともに歩くことも難しい僕は、抵抗もできず、小屋に入るや否や床へと倒れ込んだ。
埃っぽい小屋の中。
カビ臭い匂いに、思わず、ウっと顔をしかめる。
「あとは、黒の騎士が追いついてくるのを待つだけかな」
「ああ、あの人は、元紅の騎士団の団長だ。すぐに戻るだろう」
御者をしていた男は、腰に下げた剣に手をかける。
そして、その剣先が、僕の方へと向いた。
ギラリと光る切っ先。ぼんやりとした思考の中でも、その暴力的な輝きに身体がビクリと震えた。
だが、すぐにその男は剣を鞘へとしまいなおす。
「本当なら、ここで息の根を止めて置きたいところだが」
「えー、こんな、美人なのに!! 勿体ない!!」
「そういう問題ではない」
「じゃあ、なんで殺さないんだい?」
「"上"にそう指示されているからだ。俺のような末端の人間にはわからんが、なんでも、この女を有効活用できる方法があるらしい」
「有効活用? 身代金を取ったりとか?」
「そんな俗っぽい話ではないと信じたいがな……。俺は、外を見張る。お前は、この女がおかしなことをしないか、ここで見張っておけ」
「わかった」
そうして、建物の外へと出て行く御者をしていた男。
残されたのは1人、カードの男だ。
「へへっ、2人っきりだね。聖女ちゃん」
でへでへとした表情で僕を見つめるカードの男。
「おねが……助け……」
「あははー、それは無理だって」
どこかあのシェール騎士爵にも似た、嗜虐的な表情を浮かべた彼は、ニンマリと微笑む。
「聖女ちゃんもさ。今までいーっぱい良い目を見て来たんでしょ? そろそろさ、ちょっとくらい痛い目を見といた方が良いんじゃない? じゃなきゃ釣り合い取れないじゃない」
破滅エンドのことなんて知りもしないくせに。何を好き放題……。
心の中で、そう思いながらも、反論するだけの気力も残っていない。
右手首に嵌る腕輪。この腕輪は、確実に僕の魔力を吸い取り続けている。
ルカード様が驚くほどに魔力量が多い僕ではあるが、やがてはその魔力も絞りつくされてしまうだろう。
そうなってしまえば、本当に死んでしまいかねない。
「へへっ、でも、本当に可愛いなぁ」
またも、僕へと顔を近づけて、うっとりとした表情を浮かべるカードの男。
よほど、僕の顔が好みらしい。
すると一瞬、キョロキョロと外の様子を覗ったカードの男は、ニヤリと笑った。
「へへっ、誰も見てないしさ。ちょっとくらい、いいよね」
こいつ、何を言って……。
そう思っている間にも、彼の手が、僕の乱れた髪へと触れた。
そのまま梳くようにして、髪をまさぐり続けたかと思うと、彼は匂いを嗅いでうっとりと悦に入ったような表情を浮かべた。
変態的な行動に、思わず生理的な嫌悪感がムクムクと湧き上がってくる。
そして、匂いを嗅いだことでヒートアップしたのか、彼は今度は僕の身体へと手を伸ばした。
最初は服の上から、二の腕やふとももの辺りを触られたかと思うと、今度は、手をスカートの中へと……。
「いや……!」
あまりの嫌悪感に、動かない身体を必死に捩らせて、この男から遠ざかろうとする。
しかし、そんな必死な姿が、かえってこの男を欲情させてしまったらしい。
「誘ってるの? 肩書に反して、聖女ちゃんて大胆だね」
僕のドレスの肩口に手を掛けるカードの男。
そして、無理矢理に服を脱がそうとする。
「あれ、これどんな構造? 脱げないんだけど」
ドレスを脱がすのに慣れていないのか、四苦八苦しているカードの男。
剛をにやした彼は、腰からナイフを取り出した。
「へへっ、もういいや。切っちゃえば」
「いや……やめ……」
彼が胸元辺りにナイフを這わせ、一気に斬り裂こうとしたその時だった。
「ヒヒィーン!!」
耳朶と打つ、聞き覚えのある馬の嘶き。そして……。
「セレーネ!!」
力強く、頼りがいのある彼の声が、確かに僕の耳に届いた。
皆様、あけましておめでとうございます。
本日中に剣戦編ラストから次章第1話まで投稿します。
「面白かった」や「続きが気になる」等、少しでも感じて下さった方は、広告下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけますと、とても励みになります。




