174.お兄ちゃん、取り戻そうと奮闘される
「はぁあああっ!!」
何度目かの剣撃が金獅子の肩を掠めた。
同時に俺も回し蹴りを食らうが、空中で体勢を立て直し、なんとか足から武舞台へと着地する。
「……これでもダメか」
今の一撃は、かなり工夫を凝らした。
バーザムの戦法を参考に、フェイントを入れながら、死角から攻撃をしてみたが、それでもあの男は対応して見せた。
だが、完全に届いていないわけじゃない。
現に、肩を掠めた俺の剣は、わずかではあるが相手にダメージを与えられている。
持久力には自信がある。長期戦になるかもしれないが、このまま攻撃し続ければ、あるいは。
そう考え、再び走り出そうとした俺は、威圧感を感じて、その足を止めた。
圧倒的な気迫。それが金獅子から放たれている。
「あの……構えは……!?」
腰を落とし、剣を逆手に構えたその姿には覚えがあった。
かつて、勇者であった獅子王レオンハルト。
勇猛果敢な彼の戦う姿は、多くの肖像画として残されている。
そして、今金獅子が取っている構えは、その画の一つに酷似していた。
「獅子王の真似事をするか」
いや、違うな。
この気迫。金獅子は、ただの真似ではなく、この構えをきちんと技として昇華している。
獅子王レオンハルトが放った剣は、地を裂き、山を砕いたという。
仮にこの男がその技を会得できているとすれば、これから放たれるであろう一撃は、想像を絶する威力があるということ。
「いいだろう。受けて立つ」
自身も気迫を籠め、構えを取ろうとしたその時だった。
「そっちに行ってはダメだ!!」
「おい!! 誰か、その馬を止めろ!!」
「ヒヒィイイイン!!」
コロッセオの内と外を繋ぐ連絡トンネルの中から、突然、一頭の栗毛の馬が会場へと現れた。
武舞台に上がる階段を駆けあがったその馬は、脇目もくれず、俺の元へと走って来る。
「クレッセント?」
セレーネの愛馬、クレッセント。
なぜ、この馬がここに……?
問い質すように貴賓席を見上げる。
しかし、そこには、未だセレーネの姿は無かった。
まさか、彼女の身に何か……。
一瞬だけ、俺は金獅子へと視線を向けた。
彼は、クレッセントが現れたその瞬間、剣を降ろして、ただその場に佇んでいた。
剣戦の決勝戦。
今、この場を去ることは、対戦相手である金獅子と、そして、何よりも剣戦という行事そのものを侮辱することに他ならない。
だが……。
逡巡する間もなく、俺はすでにクレッセントに跨っていた。
そして、彼女は走り出す。
敬愛する主人の元へと、俺を連れて行ってくれるかのように。
会場のざわめきをすり抜けるように、俺は、ただひたすらセレーネの事を想い、コロッセオから抜け出したのだった。
「かっ……はっ……!!」
肺から空気が漏れる。
骨が軋み、あまりの痛みに、一瞬意識が飛びかけた。
「う、うぅ……」
なんとか立ち上がろうとするも、身体に力が入らない。
まともに防御ができなかった。
剣戦での連戦が、今になって響いてきた。
魔力による身体能力の強化が弱まった結果、たったの一撃で、私はダメージの限界を迎えていたのだ。
身動ぎしつつも、立ち上がることすら敵わない私。
その姿をあざ笑うかのように、黒の騎士は悠々と地面へと着地した。
「ふん。たわいない。やはりお前如きでは、真の騎士にはなれなかったようだな」
父は、自分の力に酔っていた。
おそらく、ずっと怪我により、まともに戦えない事にフラストレーションを感じていたのだろう。
黒の瘴気により、父は全盛期の肉体と力を取り戻したように見える。
だが……。
「あなたは……弱い」
よろよろ、私は身体を持ち上げる。
「……俺の聞き間違いか」
「あなたは弱い」
剣を支えになんとか立ち上がった私は、鋭く視線を向ける。
「確かに、あなたの力は強いかもしれない。でも、あなたの剣には何もない。誇りも、信念も、そして、それを振るう意味さえも」
「わかったような口を利くな!!」
苛立ちのままに、地面へと大剣を振り下ろした父。
柄を力いっぱい握りしめたその顔には、これまでで一番の憎悪が浮かんでいた。
「ずっと我慢していた……。俺は、一度は騎士団長まで上り詰めた男だぞ。それが、今やどうだ。家は没落し、仕事すらろくになく、娘の仕送りに頼らざるを得ない。自身では剣を振るう事すらかなわず、誰かに"夢"を託す他ない。それが……それが、どれだけ俺を苦しめていたか、お前にわかるか!!」
「だから、弱いのです。あなたは」
私は、今にも倒れそうな身体で、それでも剣を構える。
「かつて、あなたは私に言った。騎士とは"護り、支える者"だと。主君を護り、そして、その行く道を支えることこそが、騎士としての本懐。なれば、ただ、己の欲にまみれたあなたの剣など、さざ波にも等しい些事に過ぎません」
「ぬかしたな。アニエス」
だらりと提げていた大剣を再び担ぎ上げる黒の騎士。
「ならば、お前のその矜持、貫いてみせろ!! できるものならな!!」
剣戦編は明後日、連続投稿で完結させる予定です。その後は白の国で新章に入ります。
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