170.お兄ちゃん、攫われる
正直、攻めあぐねていた。
蛇腹剣を用いた多彩な攻撃。
その全てが金獅子には届かない。
考えていた以上の実力に、徐々に私の手数は少なくなっていく。
すると、機を見計らっていたかのように、薄くなった私の攻撃を掻い潜るようにして、金獅子が前へと出た。
レオンハルト様にも匹敵するかというほどの速度に、私はすぐさま蛇腹剣を引き戻し、受け止めるが、腕力で強引に武舞台の端まで弾き飛ばされた。
地面を転がりながらも、追撃に備え、なんとか態勢を立て直す。
しかし、顔を上げた私の視線の先に金獅子の姿は無かった。
「上か！？」
直感的に見上げた頭上。
気づいたと同時に、太陽を覆い隠すようにして大柄な体を跳躍させた金獅子のマスクがすぐ近くにあった。
やられる。
普通に剣を振り上げただけでは、蛇腹剣ごと断ち切られると判断した私は、あえて分割させた刀身を明後日の方向へと投擲、石畳へと突き立てた。
そして、刀身を連結させる勢いで、引き戻すのではなく、自らの身体を刺さった刀身の方へと跳躍させる。
ギリギリのところで攻撃を回避した私は、剣を振り下ろした体勢のままでいる金獅子へと、すぐさま反撃に転じた。
後手に回れば、今のようにすぐにやられると思ったからだ。
密度を上げるように、伸ばした刀身を鞭のように振るい続ける。
紅の魔力を全開にして、可能な限り素早く、鋭く。
乱打し続ける攻撃に、さしもの金獅子も剣で防ぎながら、ズルズルと後退している。
このまま武舞台の端から落としきる！！
「うぉおおおおおおおっ！！」
魔力を振り絞るようにして、攻撃の圧を上げて行く私。
だが、次の瞬間。
「はぁああっ！！」
初めて気合の声を発したかと思うと、金獅子が強引に前方へと駆け出した。
私の剣雨を弾きながら、一歩、また、一歩と地面に足形を穿ちながら前進してくる。
バッファローかと思えるような豪快な突進の前に、私の全力の攻撃はあえなく弾かれた。
だが、諦めてなるものか。
最後の力を振り絞るようにして、蛇腹剣を通常の刃へと戻した私は、突進してくる金獅子へと、それを振り抜いた。
一瞬の交錯。
その瞬間分かった。
私は、この男に届いてはいない、と。
「護衛として、十分な力だ。デイム・アニエス」
「えっ……」
剣と剣を打ち合わせた刹那。ふと、力を緩めた金獅子から、くぐもった声が漏れた。
この声、そして、この言葉。
そうか。この男……いや、このお方は……。
思わず、口元に笑みが浮かんだ。
敵わないわけだ。
それにしても、仮面……か。
血は争えないな。
「負けを認めるがいい」
「……はい」
実力が届かないのは、今の一撃ではっきりとした。
父との約束も果たしている。
もう、いいだろう。
武舞台に膝をついていた私は、ゆっくりと立ち上がると、相棒の蛇腹剣を石畳へと放り出した。
武器を手放す行為は、すなわち剣戦においては"降伏"の意思表示である。
会場中から、溢れんばかりの歓声が上がる。
降伏はしたものの、十分な戦いをした私に、皆賞賛の声を送ってくれていた。
騎士としての証は、これで立てられた。
これで私は、一介の護衛に戻れる。
どこか肩の荷を下ろしたような気持ちで見上げた貴賓席。
だが、試合開始の時には確かに私を見てくれていたその人物の姿は、そこには無かった。
「セレーネ様……？」
「くっ、離して！！」
シェール騎士爵に左腕を捕まれた僕は、必死に身動ぎするもビクともしない。
いくらこちらが非力な少女の身体とはいえ、凄い力だ。
この腕力も、彼の身体からあふれ出ている黒い瘴気のようなものの影響なのだろうか。
それはまるで、もぐぴーが魔物化していた時に発していたものと瓜二つだった。
いったいなんで、魔物化した動物が放っていたものと同じ瘴気を人間が……。
わからない。
わからないが、すくなくとも、今のシェール騎士爵の状態はまともじゃない。
「大声を出しますわよ！！」
「準決勝の試合中だ。誰も一人の少女の叫び声になど気づかんさ」
た、確かにそうかも……。
くっ、ならば、自分で切り抜けるしかない。
こんな時のために、僕だってアニエスから一通りの護身術を学んできたんだから。
まずは、この腕力に対抗するために、紅の魔力を……。
だが、いつものように魔力の弁を解放した途端、身体をどうしようもないほどの虚脱感が襲う。
「な、何……これ……」
「どうやら、あの使者は上手くやってくれたようだな」
「し……しゃ……？」
一体、何の話だ……？
くっ、ダメだ。意識が……。
せめて……。
最後の力で、僕は髪を解いた。
これで、きっと……。
全身を襲う脱力感に耐え切れず、僕はいつしか意識を失っていたのだった。
「面白かった」や「続きが気になる」等、少しでも感じて下さった方は、広告下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけますと、とても励みになります。
