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169.お兄ちゃん、再び騎士爵に会う

 剣戦。

 それは、私にとって、騎士としての一つの憧れだった。

 私だけじゃない。

 紅の国の騎士達にとって、剣戦で結果を残すことは、大きな目標の一つだ。

 騎士団にいた頃の私も、この大舞台での活躍を夢見て、ひたすら研鑽に励んだものだった。

 しかし、公爵家にお仕えするようになって、いつしか、そんな気持ちはどこかに忘れていた。

 騎士としての誉れよりも、セレーネ様にお仕えし、セレーネ様に喜んでいただくこと。

 その方が、私にとって、ずっと価値あるものになっていたからだ。

 そんな私が、まさか、この準決勝の舞台に立つことになるとは、自分自身思っても見なかった。

 だが、どんな因果のめぐりあわせか、私は今、この場に立っている。

 閉じていた瞳を開ける。

 どこまでも賑やかで、壮大なコロッセオ。

 その中心にポツリと2人。

 私とそして、目の前に立つ"金獅子"と呼ばれ出した仮面の男。

 予選や1回戦での戦いぶりを見ていたが、この男の実力は計り知れない。

 父の提示したベスト4という条件は達成した。

 妹の婚約の件は、これでどうにでもなる。

 父が約束を反故にするようなら、最悪の場合、実家に帰っている母の元へと、妹達を連れて行くのもいいだろう。

 ならば、あとは、自分の実力がどこまで通用するのか。

 この計り知れない男を前に、試してみるだけだ。

 お互い言葉を交わすこともなく、試合開始の合図が鳴った。

 やや大ぶりなブロードソードを構え、その場に留まったままの金獅子。

 私は、剣を節ごとに分解すると、鞭のようにそれを振るう。

 この蛇腹剣は、昔剣戦で活躍したという女性騎士が使っていたというものを参考に、鍛冶師に頼み、作ってもらったものだ。

 かなり難しい鋳造だったようだが、満足のいくレベルまで仕上げてくれた鍛冶師には感謝しかない。

 これを手に入れてからは、私はとにかく自分の手足のように自在に使えるようになるまで、訓練を繰り返した。

 その結果、今では自分の腕の延長であるかのように感じられるほどに、この武器は私に馴染んでいる。


「はぁっ!!」


 鞭のようにしならせた剣閃が、金獅子を幾度も捉える。

 しかし、弾くようにして、それらは斬り払われた。

 やはり、この男。技量に関しても、かなりのものだ。

 ならば、と今度は、しならせ、斬りつけるのではなく、スナップを利かせて相手の剣に刀身を巻きつけた。

 そして、紅の魔力を全力で発現させると、私は思いっきり蛇腹剣の柄を引いた。

 綱引きのような状態で、私は金獅子と力比べをする。

 レオンハルト様の常軌を逸した腕力には敵わないだろうが、私とて、身体能力強化を施した腕力には自身がある。

 相手の武器を奪い去るような気持ちで、グッと力を籠めるが、金獅子はビクともしない。

 それどころか、こちらの蛇腹剣を持って行かれそうなほどに強く引っ張られ、私はたまらず、巻き付けた刀身を解いた。

 技量に続いて、腕力も……。

 わかってはいたが、この仮面闘士は強い。

 引き戻した剣先を相手に向けて構えつつ、私は、わずかに苦笑いを浮かべたのだった。




「外れませんわね……」


 メランから強引にプレゼントされた謎の腕輪。

 右手首に取り付けられたそれをガチャガチャといじってみているのだが、外れるそぶりがない。

 というか継ぎ目のようなものが見当たらない。

 いったい、メランのやつ。これどうやって僕の腕に着けたんだ……?

 ああ、もう、なんか気味が悪いな……。

 と、そんな風になんとか外れないか一人で奮闘していると、会場から一層大きな歓声が上がった。


「あー、もう、こんなことしてる場合じゃありませんわね!」

「あっ、セレーネ様。お送りします!」

「いえ、大丈夫ですわ!」


 せっかくのアニエスの凛々しい姿をこれ以上見逃すわけにはいかないもんな。

 腕輪の事はいったん忘れて、僕は一人、救護室から走り出た。

 急いで、貴賓席に戻らなければ……!!

 そんな風に急ぎ足で廊下を進んでいたその時だった。


「セレーネ・ファンネル」

「えっ?」


 突然、名前を呼ばれ、僕は振り向く。

 そこにいたのは、昨日会ったばかりのあの男。

 そう、アニエスの実の父親であるアルガム・シェール騎士爵だ。

 観客席に姿がないと思っていたが、アニエスの試合中にも関わらず、なぜこんな人気のない場所に……?

 いや、それよりもこの際だ。


「シェール騎士爵様。アニエスは約束通り、ベスト4に入りましたわ」

「そんなことは、もうどうでもいい」

「えっ……?」


 心底興味が無さそうに、そう呟いたシェール騎士爵。

 あれだけ、娘の騎士という立場に固執していたこの人が、まるで賢者タイムに入ったかのように無関心な姿勢を見せている。

 その違和感に、わずかばかりたじろいでいると、騎士爵が一歩僕の方へと踏み出した。

 どこか威圧感を感じ、僕は後ずさる。


「シェ、シェール騎士爵様……」

「一緒に来てもらおうか。"聖女"セレーネ・ファンネル」

「な、なぜ……?」

「俺達の"理想の国"を作るためだ」


 不気味な笑いを浮かべた騎士爵の身体から、どす黒い魔力が漏れだしたのが、僕にははっきりと見えていた。

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