166.お兄ちゃん、準決勝を観戦する
さて、稀に見る名勝負となった第1回戦を終えた次の試合はひどいものだった。
何せ、闘士の片方はあのメランだ。
1対1となる本戦でも消極的な姿勢は変わらず、武舞台を転げまわるように逃げまくった挙句、最終的には、また相手の落下を誘発して勝利してしまった。
その試合内容は、観客達から顰蹙を買うには十分といったところで、彼の勝利が確定した時にはブーイングの嵐だった。
レオンハルトを1番人気の闘士とするならば、メランは間違いなく1番不人気の闘士だろう。
もっとも、どんなに観客達からの罵声を受けても、当のメランはケロッとした様子だったが……。
そして、僕のアニエスも無事に1回戦を突破した。
対戦相手は、騎士団の同期らしい青髪の騎士で、実力はなかなかのものだったが、騎士団にいた頃よりもさらに腕を上げていたアニエスは見事にそれを打倒してみせた。
つまるところこれで、アニエスはベスト4進出ということになり、父親との約束を果たしてしまったということになる。
最初に聞いた時は不安でいっぱいだった僕だが、まさかこんなに呆気なく目標を達成してしまうとは驚いた。
強い強いとは思っていたが、大陸中の猛者が集まって来るこの剣戦の場においてまで、ここまで図抜けた力を持っているとはさすがに思っていなかったのだ。
だが、蓋を開けてみれば、まだまだアニエスには余力さえ感じられる。
観客はもちろんの事、闘士達からもアニエスの実力はかなり評価されているようだし、父親が意図していたように、アニエスの必要性という部分をアピールすることはできているのはないかと思える。
会場のどこかでアニエスを見ているであろうシェール騎士爵も、おそらくは満足してくれていることだろう。
さて、ここまで来ると、レオンハルトとアニエスの決勝戦なんかも期待してしまう僕ではあるのだけど、それには一つ大きな障害がある。
それが、アニエスの次の対戦相手だった。
獅子を模した黄金の仮面をつけた謎の闘士。
観客達からは、"金獅子"なんて呼ばれ方をされ始めたこの人物こそが、アニエスの決勝進出を阻む次の対戦相手だ。
筋骨隆々で、ローマの剣闘士のような簡素な革鎧だけを装備したこの野性味あふれる男は、1回戦で最も一方的な試合展開を観客達に見せつけた。
一撃。
たったの一撃で、相手を沈めてみせたのだ。
相手は大会常連らしい、屈強な遍歴騎士。
観客の多くも、こちらの遍歴騎士の方が勝利すると信じて疑わなかったようだが、実際のところは、勝負はほんの10秒も経たずに終わってしまった。
圧倒的に速く、圧倒的に強い。
ある種、レオンハルトにも通ずるそんなシンプルな強さが、この金獅子にはあった。
まだまだ力の底が一片たりとも見えないこの謎の仮面闘士と、アニエスがどこまで渡り合えるのか。
準決勝では、観客達にとって、そこが一番の関心事になっていた。
「とはいえ、その前に……」
レオンハルトとメランの対決。
応援するのはもちろんレオンハルトだが、はたして、メランはまともに戦うつもりがあるのだろうか……。
なんとも微妙な気持ちになりながらも、僕は準備の終わった武舞台へと、再び視線を落としたのだった。
「いやぁ、君と戦う事になるなんてねぇ~」
これから試合が始まるというのに、ヘラヘラとした笑顔で話しかけてくるこの男に内心で苛立ちつつも、俺は視線を向ける。
「相乗りさせてくれた君と戦うのは心苦しいなぁ」
「お前も闘士だろうと予想はしていたが、まさかこんなところまで上がって来るとはな」
「俺って、昔から運が良くてね」
運……か。よく言う。
「それよりも、王子様だったんだねぇ。びっくりしたよ」
「俺の肩書などどうでもいい。お前の肩書もな。剣戦の場では、己が武人であるという確固たる自覚さえあれば、それでいい」
「ははっ、耳が痛いなぁ」
そんな会話をしているうちに、試合開始の時間がやってくる。
「お前が何者だろうと、俺は全力で望むだけだ」
「ええー、お手柔らかに頼むよぉ!!」
そして、試合開始の合図が会場に響いた。
剣を構えた俺に対し、メランは外套から腕を出すこともなく、ただただ棒立ち状態。
今までもそうだった。
彼はこれまで、一度も武器を手にしてはいない。
「化けの皮を剥がしてやる」
最初から重りを外していた俺は、一気にメランへと肉薄した。
「えっ、速っ!?」
「はぁあっ!!」
焦った表情を浮かべるメランに、俺は横薙ぎに剣を振るう。
だが、彼は表面上は驚きつつも、俺のその一太刀を身を捻って回避してみせた。
今の一撃は、決して牽制で放ったわけでも、手加減をしたわけでもない。
やはり、こいつは……。
「はっ!!」
そのまま、連続で剣を振るう。
再び、回避したメラン。
だが、ギリギリで回避したために、髪の一房が宙へと散る。
3撃目。
今度こそ当てる。
速度を重視して放った一撃は、確実に奴の胴を薙ぐタイミングだった。
しかし、剣を振り切った瞬間、何か硬質な物にぶつかる感触が俺の腕に伝わる。
「これは……?」
「あー、やっぱり君相手だと、逃げだけで勝つのは無理だね」
これまでと変わらぬヘラヘラした笑顔を崩さず、メランは右腕を突き出していた。
そこに握られていたのは、ブロードソードとナイフの中間ほどの長さの片刃の剣だ。
武器を逆手で構えたメランは、その細腕で、俺の一撃を見事に受け止めていたのだった。
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