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164.お兄ちゃん、王子の実力を知る

「ふぅ、身体が羽根のようだな」


 2,3度跳ねるようにフットワークを確認した俺は、剣を構える。

 一瞬呆気に取られていたバーザムは、俺が剣を構えると、ハッとして自身も剣を構えた。


「まさか。そのような重りを付けたまま戦っていたとは……」

「こうやって鍛える他ないからな。俺には」


 魔力がない俺にとって、この重りこそが、自身を鍛える要だ。

 少しずつ、少しずつ重くしていったそれは、今では、一つだけでも、普通の成人男性が持つのがやっとくらいの重さがある。

 トレーニング中はもちろんの事、生活のほぼ全ての時間において、それらを装着し続けた俺の肉体は、かつてないほどに鍛え抜かれている。

 さあ、今の俺の身体能力が、バーザムの紅の魔力にどこまで通用するか。

 試してみるとしよう。


「今度は、こちらから行くぞ。バーザム」


 そして、俺は力強く地を蹴った。

 たった一歩で、バーザムへと肉薄した俺は、上段から力任せに剣を振るう。

 虚を突かれたような表情を浮かべたバーザムだったが、さすがに騎士団長だ。

 すぐに俺の剣に対応するように、下段から剣を振り上げた。

 だが……。


「くっ、何という重さだ……!?」

「はぁああっ!!」


 強引に俺は、相手の剣を押し込むようにして圧を掛ける。

 耐え切れず、バーザムは受け流すようにして、なんとか俺の剣の軌道を変えた。


「力は、俺の勝ちだな」

「……っ!?」


 今度は、先ほどと同様、高速移動を開始するバーザム。

 さっきは目で追い、技量でなんとか捌いていた攻撃だが、重りを外した今の俺ならば、自身も移動しながら対応できる。

 同時に走り出した俺は、もつれあうように並走しながら、バーザムと剣を打ち合わせた。


「スピードは互角と言ったところか」

「殿下、何という……」


 何度目か剣をぶつけ合った後、距離を取ったバーザムは、心底驚嘆したように俺の方を見つめていた。


「素晴らしい。魔力を持たない御身で、よくぞここまで……」

「違うな。魔力を持たないからこそ、俺はそれに頼らず、ここまで強くなれたのだ」


 脳裏に浮かぶ、3年前のあの日の記憶。


『レオンハルト様は、なぜ、魔力がないだけで、獅子王様のようになれないとお思いなのですか?』


 彼女の素朴な疑問は、はたして、俺の絶望を瞬く間に溶かし、あまつさえ希望へと変えてくれた。

 あの時の彼女の言葉を今でも一言一句違わず覚えている。

 道を示してくれた彼女のおかげで、俺は今、これだけの力を得ることができた。

 そして、今日こそ、俺は超えるべき壁を超える。


「俺の最強のヴィジョンであるお前を、今日こそ倒すぞ。バーザム」

「ふっ、なんの。如何に殿下が長足の進歩を遂げたとはいえ、私とて名誉ある紅の騎士団の団長。まだまだ、届かせるわけにはいかない」


 再び膨れ上がる魔力。

 どうやら、バーザムは勝負を決めるつもりのようだ。

 ならば、こちらも全身全霊をかけるのみ。


「……ふっ」


 気づけば、自分でも気づかぬうちに、俺の口元には笑みが浮かんでいた。




「笑った……」


 おそらく勝負を決めるつもりであろうお互いの攻撃。

 それを放つ直前、レオンハルトの顔には確かに笑みが浮かんでいた。

 紅の魔力で強化した視力がはっきりとそれを捉えていた。

 この状況下にあって、レオンハルトは戦いを心から楽しんでいるのだ。

 そんなレオンハルトを見ていると、なぜだか僕の口元にも、自然と笑みが浮かんでいた。

 本当に、なんて成長をしてしまったんだろう。

 妹の話では、本来のゲームのレオンハルトは、魔力を持たないことへの反骨心から確かに強くはなるが、本編中で騎士団長を倒せるほどの実力には至れなかったと聞いていた。

 だが、今の彼の実力は、間違いなくその騎士団長に肉薄し、あるいは超えられるかもしれないというところまで来ている。

 それは、正史の流れを、彼が自身の力でねじ伏せようとしていることに他ならない。


『一つの事を一生懸命に突き詰めれば、必ず道は拓けます。自分の理想を諦めるには、まだまだ早いと、私は思いますわ』


 僕がほんの軽い気持ちでかけたなぐさめの言葉。

 彼はそれを真剣に受け止め、一途に進み続けてくれていたのだ。

 改めてそれを理解させられた僕の胸は、激しく高鳴っていた。

 なんだろう。自分でも理解できないこの気持ち。

 でも、少なくとも……。


「────って──」


 最初は呟きのように、でも、次の瞬間、僕は自然と立ち上がり、貴賓席の手すりへと身を乗り出していた。

 そして、叫ぶ。


「勝って!! レオンハルトォ!!」


 胸の中に膨れ上がる、確かな高揚感とともに、僕はどこまでも真っすぐな尊敬できる男性(ひと)に、全力の応援の声を届けたのだった。

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