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163.お兄ちゃん、あっけにとられる

 いきなり騎士団長が消えた。

 僕の目には確かにそう映った。

 だが、次の瞬間には、かなりの距離があったはずのレオンハルトの身体へと剣が届いていた。

 凄い。凄すぎる。

 身体能力強化の次元が違いすぎる。

 これが一国の騎士団長まで上り詰めた男の実力なのか。

 あまりに速すぎて、一瞬理解すら置いてけぼりにされてしまったくらいだ。

 しかし、凄いのは騎士団長だけじゃない。

 その烈火の如き凄まじい攻撃をレオンハルトは全て捌き切っていた。

 彼自身は圧倒的に速いというわけじゃない。

 僕の目でも終える程度の速さであるにも関わらず、彼は確実にその猛攻を自身の剣で捌いている。

 これまでは、その剛力ばかりの印象が強かったレオンハルトだが、スピードで勝る相手にこれだけ対応できるとは。

 どうやら、彼は動体視力や技量の面でも、相当なレベルにあるようだ。

 と、次の瞬間、騎士団長の身体から、これまで感じたことがないほどの濃密な魔力が放出された。

 聖女候補ゆえか、人一倍魔力の大きさには敏感な僕におっては、胸やけしてしまいそうになるほどの濃厚な紅の魔力。

 極限まで魔力で高められた身体能力は、騎士団長の身体を3人に見えるほどに、超超高速域まで押し上げていた。


「ば、化物ですの……」


 えっと、ここって乙女ゲームの世界でしたよね……?

 思わず、アークヴォルトオンラインの世界にいる妹に問い掛けてしまいそうなほどの少年漫画的な技に、額からタラリと汗が流れ落ちた。

 いや、これ、さすがにレオンハルトでも……。

 まるで、本当に3人いるかのように別々の軌道を辿った騎士団長達は、一斉にレオンハルトへと剣を振り抜いた。

 僕も自身の紅の魔力で、動体視力を強化し、なんとかその攻撃を見切ろうとする。

 だが、そんな僕とは違って、レオンハルトは目を閉じた。

 心の目というやつだろう。

 魔力による身体能力強化ができないレオンハルトにとって、今以上の動体視力を得ることは不可能。

 ならばいっそ、ということで、彼は自身の感覚に頼ることを決めたのだろう。

 3つの刃を心の目で感じ取ったレオンハルトは、身体を捻りつつ、自身の剣を振るった。

 剣と剣がぶつかり合う金属音が会場に響く。

 次の瞬間、レオンハルトは武舞台の上を数メートルほど吹き飛ばされていた。




「ふぅ……。まさか、この攻撃でダウンさせられないとは……」


 3人から1人に戻ったバーザムは、わずかに息を乱しながらも、俺の方を見下ろしていた。

 その言葉を聞きながら、俺は剣を支えによろりと立ち上がる。

 ダウンこそしなかったが、受けきれもしなかった。

 1撃目は躱し、2撃目は剣で弾いたが、3撃目の対処がどうしても間に合わなかったのだ。

 致命傷こそ避けたが、おかげで、随分と吹き飛ばされてしまった。


「殿下、やはりあなたは凄い。この1年で、力も技も、さらに成長なされた。恐れ入りました」

「言葉のわりには、随分と余裕そうだな」

「ええ。同時に私が負けることがないことも確信しましたので」


 バーザムは、風にゆるやかにマントをなびかせながら言う。


「あらゆる成長を遂げたかに見える殿下ですが、唯一、昨年から成長していないところがあります」

「ほう、それは何だ?」

「ご自身のスピード、ですよ」


 なるほど、スピードか。


「これまでの殿下を見ていると、目の良さや剣の技量でなんとかこちらの攻撃をしのいでいるようにしか見えません。私のスピードにはまだ、この上があります。それを繰り出せば、殿下に勝ち目はないでしょう」

「さすがだな。まだ上があったのか」


 去年の戦いでは、この3連撃でやられてしまったからな。


「それは、是非、見てみたいものだ」

「実際に見て、そうおっしゃっていられますか?」


 言葉の通り、再び湧き出したバーザムの紅の魔力は、先ほどよりもさらにはっきりと俺にも見えた。

 確かに、あの魔力が全て身体能力の強化に使われるとすれば、それは凄まじいスピードとパワーになるのだろう。

 だが……。


「お前が、本気を見せてくれようというのだ。ならば、俺も本気を見せなければ、失礼というものだな」

「殿下、何を……」


 胡乱気な表情を浮かべるバーザムの前で、俺は両腕にはめられた腕輪へと手を伸ばした。




「ま、まさか……!?」


 武舞台の上で、袖をめくったレオンハルト。

 そこに付けられていたのは、いつぞやトレーニングの時に見せてもらったあのパワーアンクルだった。

 ただのパワーアンクルじゃない。

 特殊な魔術をかけられた一点もので、見た目こそチャチだが、その重さは一つだけでも、僕には持ち上げるのがやっとな位だった。

 まさか、この激しい戦いの最中でも、アレをつけながら戦っていたと言うのか……。

 あっけに取られている間にも、レオンハルトは次々と両手両足に付けられたリングを外していく。

 一つ一つが武舞台に落とされるごとに、ドシリとした重そうな音が会場に響く。

 え、いや、待って……。これ、明らかにあの時よりも重くなってない……?

 以前よりも、さらに重くなっていそうな重りが、両腕両足、さらにはベルト、首輪と計6つも外され、いつしかレオンハルトの周りの武舞台にはゴロゴロとリングが転がっていた。

 静まり返る会場。

 全ての重りを外し終えたレオンハルトは、コキコキと首を鳴らすと、ニヤリと笑みを浮かべ、再び剣を構えたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] バトルモノ少年漫画にジャンルチェンジしてますね。乙女ゲームとは一体?
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