162.お兄ちゃん、抽選会を眺める
そんなこんなで、6回戦まであった予選が終了した。
今回は実力者がたまたま分散したらしく、各予選で激しい一騎打ちが行われることはあまりなく、比較的スムーズに大会が進行したようだ。
必然、重傷者が出ることもなく、僕は今のところ魔力を使わなくても済んでいる。
このまま最後までのほほんとしていられたらいいのだが、ここからは実力者同士の一対一の戦いになる。
死力を尽くした戦闘になるのは明白で、僕の力を発揮せざるを得ない場面も出て来るかもしれないな。
気を抜かず、しっかり試合を見守っておかないと。
そんな風に思いながら、武舞台で観客達の声援に応える本戦出場闘士達へと目を向ける。
昨年からシード枠で残った闘士が2名と、予選通過者6名の合計8人でのトーナメント戦となる本戦。
さすがに実力者揃いということで、立ち姿一つとっても、皆、威風堂々とした雰囲気を感じる。
そんな中ひときわ大きく手を振ってはしゃいでいるのが、メランだ。うん、彼だけ明らかに浮いてるな……。
と思っていたら、彼の瞳がばっちり僕の方を捉えた。
どうやら補足されてしまったようだ。視力の宜しいことで。
僕に向かっていっそう大きく手を振るメラン。
止めてくれ。関係者だと思われるだろ。
プイっと視線を外すと、その隣には、完全にメランの事を無視しているアニエスの姿があった。
彼女の凛々しい騎士姿を見ていると、心が落ち着く。
そんな彼女の横にいるのは、シード枠で本戦出場を決めた2人。
一人は王子レオンハルト。
魔力を持たず、他の闘士達を圧倒する強さを持つ彼は、王族という立場でありながら、平民受けも非常に良く、おそらく人気の上でも本大会ナンバー1だろう。
予選には参加していないので、観客達からも彼の戦いを早く見たいという期待感が感じられる。
もう一人は、ディフェンディングチャンピオンである騎士団長のバーザム。
昨年の戦いでは、レオンハルトを下した実力者だ。
そんな因縁がある彼らは、お互いに視線を交わせ、何か話している様子だった。
残る4人の予選通過者も、只者ではなさそうな闘士ばかりだ。
僕としても、こういったバトルトーナメント的なものは、前世の少年漫画でたくさん読んできたくちだ。
正直、どんな戦いになるのか、ちょっと興奮していた。
「あとは、抽選がどうなるか、ですわね……」
8人の闘士達の誰が誰と戦うかは、これから決まる。
とりあえず、レオンハルトとアニエスがいきなり戦う展開だけは、避けて欲しい。
あと、できれば、あのメランとも戦わせたくない。
知り合いだから、というわけではなく、なんか気持ち悪いから。
両の手を結んで願っているうちに、くじ引きも終わった。
すぐさま伝わった伝令の応じて、トーナメント表の書かれた巨大な垂れ幕が降ろされた。
それを見て、僕はとりあえずホッとした。
だが、一瞬後にギョッとする。
「た、確かに、知り合い同士が戦うのは避けて欲しかったけど……」
本戦第1試合の対戦相手を見て、僕は思わずボソリと呟いた。
「いきなり去年の決勝戦の再来って、そんなのあり?」
そう、トーナメント表の一番左下。
そこには、レオンハルトと騎士団長バーザムの名前が、しっかりと刻まれていたのだった。
目の前に佇む壮年の騎士こそ、昨年の優勝者であり、幼少期から俺に剣を教えてくれていた現役の騎士団長バーザムだった。
黒髪にちじれ毛をした彼の顔には、眉間から左頬までに歴戦を思わせる切り傷が走っていた。
幼い頃は、内心でそんな強面を恐ろしく感じていたものだったが、いつからだったか、誰よりも真剣に俺の訓練に寄り添ってくれた彼を本気で敬愛し始めたのは。
そして、今は、超えるべき壁として、彼は俺の目の前に立ち塞がっている。
「殿下、まさかいきなり戦う事になるとは」
「そろそろ超えさせてもらうぞ。バーザム」
「ふっ、いいでしょう。この1年でどれほど成長されたか。私に見せて下さい。殿下」
お互いに剣を抜き放つ。
そして、試合がスタートした。
同時に、バーザムの身体が消え失せた……ように、観客の目には映っただろう。
実際は、超高速で移動した団長が、大きく身体を沈み込ませたかと思うと、振り上げるように俺の左半身へと刃を放っていた。
圧倒的な速度。
バーザムの魔力量は騎士団の中でも、圧倒的トップであり、当然身体能力の強化幅も他の騎士とは比較にならない。
ほとんどの騎士には対応できないであろうその攻撃を俺は確実に眼で捉えつつ、半身で避けた。
そのまま嵐の如く追撃してくるバーザムの剣を冷静に対処する。
最初から全力全開のバーザム。
それだけ俺の実力を認めてくれているということだ。
「随分余裕がありますな!!」
「眼は鍛えてきたからな。お前のスピードも、俺にははっきりと見える」
「だったら、これはいかがかな!!」
瞬間、魔力を持たない俺にも見えるほどに、バーザムの身体がから紅の魔力が迸った。
すると、彼の身体が3つに増えた。
超スピードにものを言わせた分身殺法とでも言おうか。
3人になったバーザムは、それぞれがバラバラの軌道を描きつつ、俺へと迫ってきたのだった。
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