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161.お兄ちゃん、手当をする

 さて、メランだが、その後も彼は何度もピンチに陥った。

 両手にナイフを持った盗賊風の男に追いかけまわされたり、暑苦しそうなタイプの騎士に真っ向勝負を挑まれたり。

 だが、その度に彼は逃げ回り、転げ回りながらも、それらの攻撃を避け続け、最終的には襲ってきた者すべてを武舞台から落としてしまっていた。

 幸運と言えばいいのか、はたまた、これももしかしたら彼の実力なのか……。

 素人の僕には判断できず、横目でレオンハルトの方を覗うも、彼はなんとも心の内が読めないような無表情を浮かべていた。

 どこか真剣なその様子に声を掛けかねていると、突然会場がわずかに沸いた。


「な、なんですの……?」


 すぐさま武舞台の方へと視線を向けた僕が見たのは、残った5名の闘士達が、一斉にメランを取り囲む様子だった。


「陰気な格好してやがるくせに、とんだラッキーボーイだぜ」

「えっ、もしかして、みんな、俺を狙ってる?」

「そういうことだ」


 槍を構えた壮年の闘士が、その穂先をメランへと向ける。


「あんたみたいなこすっからい奴とタイマン張るのはごめん被るんだよ!」


 同じくメランと同年代くらいの若い騎士が剣の柄を握り込んだ。

 その他の3人もメランだけを狙い、それぞれの得物を構える。

 扇状に複数人で囲まれたメランには、もう逃げ場がない。


「あ、あわわ……!? これもしかして、ピンチってやつ……?」


 そして、5人が一斉に攻撃をしかける。

 応戦しなければ、あとは、もう武舞台から自ら飛び降りるしかないだろう。

 今度ばかりは、さすがのメランも……。

 そう思っている間にも、5つの武器がメランを穿った。

 一瞬目を背ける僕。

 も、もしかして、これ、スプラッタなことになっているんじゃ……。

 恐る恐る目を開ける。

 だが、心配したような光景はそこにはなく、ただ先ほどと全く同じ、武器を突き出した姿勢で固まる5人の闘士達の姿だけがあった。


「えっ……?」


 いや、そう思った一瞬後には、5人は一斉に武舞台の石畳に膝から崩れ落ちていた。

 何が起こったか、まったくわからない。

 だが、状況を理解できない間にも、倒れ込んだ5人の闘士たちの身体の下から、何かがひょっこりを顔を出した。


「ひぃひぃ……みんな重いよ。もう」


 折り重なる闘士達の下から這う這うの体で抜け出してきたのは、メランだった。

 彼は、周囲の状況を確認するや否や、キョトンとした顔で言い放つ。


「あれ、もしかして、俺の勝ち? やっふー!! ラッキー♪」


 悪びれない表情で、無邪気に喜ぶメラン。

 結局武器すら手にすることなく、彼はこの予選第2回戦を突破してみせた。

 結果だけ見れば偉業なのかもしれないが、戦わずして勝利を捥ぎ取ってしまった彼を、会場中の誰もが何とも言えない表情で眺めていたのだった。




「ふぅ、ありがとう。お嬢さん」


 包帯の巻かれた肩を確認するように回した壮年の闘士は、にっこりと笑顔を浮かべた。

 場所は変わって救護室。

 予選第2試合の終わった段階で、僕は一度この場所を訪れていた。

 幸い、試合中に致命傷を受けてしまったような闘士はおらず、軽傷者ばかりだったのだが、何もせずに観覧だけしているのも憚られて、僕は救護のお手伝いをするべくここへとやってきていたのだった。

 僕が聖女候補であるという事実は、極力吹聴しない方が良いので、軽傷者相手に癒しの力を使うことはしない。

 身分と立場を隠しつつ、僕は手ずから消毒をしたり、包帯を巻いたりなどの作業を手伝っていた。

 もちろん、僕だけがこんなことをしているわけではなく、救護室の中には他にも救護を担当するスタッフが数名いるのだが……なぜか、僕の列だけ長くないだろうか。


「ちょっと、皆さん、特定の列ばかりに並ばないで下さい~!!」


 誘導のお姉さんが声をかけるものの怪我人たちが移動するそぶりはない。


「こんな美人に優しく手当てしてもらえる機会なんてそうそうないからな」

「わざわざ剣戦まで来たんだ。予選落ちとはいえ、ちょっとくらいは良い思いして帰りたい」


 いや、小声だけど、ばっちり本音聞こえてますけど……。

 まあ、彼らも頑張ったわけだし、少しは愛想良く治療してあげるとしよう。

 そんなわけで、一生懸命に怪我の手当てをしていると、最後に現れたのは、あのメランへの集中攻撃に参加していた騎士だった。


「聖女様、治療をお願いしたく……」

「しっ!!」


 僕は慌てて一本指を口の前に掲げる。

 一応、騎士以外の一般の参加者には、僕が聖女候補であることは秘密なのだ。

 騎士の方もすぐに思い出したようにわずかに頭を下げた。


「申し訳ありません」

「いえ、では、治療を……」


 と、見てみるが、騎士の身体には特に外傷は見当たらない。


「お怪我をされたのはどちらですか?」

「あ、えっと……」


 差し出したのは右手だった。

 なるほど、確かに少しばかり切傷があり、血がにじんではいるが……。

 正直、レオンハルトが見たら唾でもつけとけ、と言わんばかりの小さな傷だ。

 騎士もそれはわかっているようで、どこか目を泳がせていた。

 どうやら、彼、僕と話をしたかっただけらしい。

 美人の自覚はあるが、なんだか紅の国に来てからは、特に男性から声をかけられる機会が多い気がするなぁ。

 僕としても、少し聞きたいことはあったし、ちょうどいい。


「先ほどの試合は残念でしたね」


 右手の傷をゆっくりと治療しながらそう言うと、騎士は聞いて欲しかったというように「そうなんですよ」と頭を掻いた。


「カッコ悪かったですよね。最後なんて、もう……」

「私には、何がどうなったのかさっぱりわかりませんでしたわ」

「それは、実は自分でも何で倒れていたのか、はっきりとはわからなくて……」


 反芻するように宙を見上げた騎士は、難し気に眉を顰めた。


「攻撃が命中した、と思ったところまでは覚えているのですが、次の瞬間には、もう試合は終わっていて……」


 何をされたのか、この騎士自身わかっていないということか。

 一見すると、他の闘士達のメランへの攻撃がお互いに命中してしまい、あえなく当のメランだけが、それを脱していた、なんて風にも見えなくもなさそうだったが、全く外傷がないことからしても、それはあり得ない。

 メランが何らかの術を使った、というのが、一番可能性としてはありそうだが……いや、本当に、彼は何者なんだ?

 そんなことを考えながら治療をしていたら、包帯を必要以上に巻いてしまって、巻きなおす羽目になってしまった。

 なんにせよ、あの得体の知れない変人とレオンハルトやアニエスが戦わずに済むと良いんだけどなぁ。

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