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160.お兄ちゃん、黒衣の青年の戦いを見る

「せーのっ!」

『姉さん(お姉ちゃん・姉たま)、頑張れぇー!!!』 


 アリーナの最前列に陣取ったアニエスの妹達。

 その声援がひときわ大きく会場に響く。

 どうやら、彼女達もアニエスの応援のために駆け付けたらしい。

 妹達の声援を背中に受けながら、アニエスは再び蛇腹状に展開した剣を振るうと、それを屈強な騎士の銀色に鎧へと巻きつけた。

 そして、魔力で強化した腕力をもって、思いっきり柄を引く。

 すると、騎士の巨体が、まるでコマのように高速回転した。

 マンガかと思うような光景に、思わずあんぐりと口を開けて見ていた僕だったが、その間にも、アニエスは叩きゴマの要領でその巨体を他の闘士の方へと吹き飛ばしていた。

 ハリケーンと化した騎士の巨体は、ぶつかった周囲の闘士達を次々と武舞台の外へと吹き飛ばしていく。

 な、なんて滅茶苦茶でパワフルな戦い方なんだ……。

 レオンハルトばかり脳筋だと思っていたが、改めてアニエスもそっち側の人間だな……。


「それにしても……」


 残ったメンバーを見る限り、この予選第1試合を、アニエスが通過するのはほぼ確定だろう。

 他の大会参加者から明らかに逸脱した実力を見せつけたアニエス。

 元々の秀麗な容姿も相まってか、観客達からは惜しみない声援が送られている。

 これだけのものを見せつければあるいは……。

 そう思って、あのシェール騎士爵を探していたのだが、会場内にそれらしき姿は見当たらなかった。

 アニエスの妹達が来ているから、てっきり父親である騎士爵も一緒にいるかと思ったのだが。


「どうした。誰か探しているのか?」

「あ、いえ……」


 いかんいかん、アニエスと父親との一件は、レオンハルトには秘密にしている。

 あまり、キョロキョロして、変に思われるわけにもいかないな。


「さて、勝負が決まりそうだ」


 そんなことを考えているうちにも、アニエスは残った最後の闘士を蛇腹剣の一振りで、場外へと転落させた。

 同時に、これまでで一番の歓声がコロッセオを包み込む。

 彗星の如く現れた、美少女騎士の姿に、会場はすっかり魅了されてしまったようだ。

 それにしても、終わってみれば、最初から最後まで圧倒的な勝利だったな。

 この分だと、本当にベスト4に残るくらいのことしてみせるかもしれない。

 無表情のまま軽く手を振りつつ、周囲の声援に応えるアニエスを眺めながら、僕の中にある希望はどんどん膨らんでいたのだった。




 と、そこまでは良かったのだが……。


「な、なんで……?」


 僕を困惑させたのは、まるで当たり前のように予選第2試合へと現れたとある人物だった。


「あ、あれって、メランですよわね……?」


 中二病臭い真っ黒な外套を身に纏い、軽薄そうな笑顔を張り付けたその姿は、間違いなくあの宿場町で出会ったメランだった。

 レオンハルトはその姿を見るや否や、鼻を鳴らした。


「ふん、やはりか」

「えっ?」


 わかっていたように、そう呟くレオンハルト。


「表面上はヘラヘラしているが、アイツの手は戦士のそれだった。身のこなしから見ても明らかだ」

「ああ、そう言えば……」


 確かに、馬から飛び降りた時のあの動きは、一般人にはとても真似できないものだった。

 彼自身、レオンハルトを剣戦の参加者だと看破したように、レオンハルトもまた、メランの事を闘士の一人だと気づいていたのだ。


「つ、強いんですかね……?」

「それは、これから存分に見せてもらうとしよう」


 お手並み拝見と言ったように、レオンハルトは僕の隣の席に座ると、腕を組んだ。

 それと同時に、予選第2試合がスタートした。

 次々と戦い出す闘士達。入り乱れるその中で、メランはポケーと突っ立ちながら、その光景を眺めていた。

 その姿は、武舞台の上にありながら、まるで観客席にいる一般の観客であるかのようだ。


「な、何をやってますの。あの人……?」


 戦うそぶりの無い彼の様子に半ば呆れていると、他の闘士達がようやくそんな彼に気づいた。


「弱そうな奴、発見!!」


 腕力自慢らしき大柄な体躯の闘士が、棍棒を振り上げ、メランに迫る。


「えっ、ちょ、まっ!?」


 自分をターゲットにされたことで、さすがのメランもにわかに慌てだす。

 武器を取り出して応戦するかにも思われたのだが……。


「逃げてますわね……」


 一目散に棍棒男から逃げ出すメラン。

 その姿は、なんで剣戦に出たんだろう、と思わざるを得ないほどの情けなさだ。

 

「はぁ……はぁ……くそ、ちょこまかと!!」

「ひぃー!! 僕みたいな雑魚よりも、他の人を狙ってくれよぉ!!」


 と、追いかけっこをしているうちに、やがてメランは武舞台の端まで追いやられた。

 今度こそ、もう逃げ場はない。


「はぁはぁ……観念しやがれ!!」

「あわあわあわ……!!」


 大きく振り抜かれた棍棒。

 ビビったメランは、絶妙なタイミングで頭を下げた。


「ひぃー、ごめんなさいぃ!! 殴らないでぇ!! ……って、あれ?」


 大柄な棍棒男の一撃は打点が高かった。

 ギリギリのところで、頭の上を通過した棍棒。

 かなりの力を込めたその一撃を空振りしたことで、棍棒男はたたらを踏んだ。

 さらに、攻撃を受けなかったことで、何が起きたのか確認しようとしたメランの頭が、棍棒男の"大事な部分"に絶妙にヒットした。


「ひぃんっ!!!?」


 思わず乙女のような声を上げる棍棒男。

 うおっ、元男としては、あのダメージは想像に難くない……。

 思わず、自分の事のように股間の辺りを押さえてしまう僕だったが、そうしている前にも、蹲った大男はそのまま武舞台から転がり落ちていた。

 残るは武舞台の端で、キョロキョロと周囲を見回すメランのみ。


「はは、ラッキー♪」


 不意打ちのような形で大柄な闘士を撃退したメランは、相変わらずの軽薄そうな笑顔を一層綻ばせたのだった。

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