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159.お兄ちゃん、メイド騎士の実力を知る

 ついに引き抜かれたアニエスの剣。

 それは一見すると、騎士達が常用している普通のブロードソードのように見えなくもない。

 だが、よく見ると、まるでカッターナイフのように、刀身には一定間隔で節のような線が入っており、柄には拳銃のトリガーのような意匠が付いているのがわかる。

 6人の騎士達が動いた。

 前後左右からの同時攻撃。

 仮にも騎士職を任された実力者達だ。その動きは、先ほど瞬殺された2人とは比べ物にならない。

 おそらく、全員が紅の魔力による身体能力強化を発現しており、一般人を遥かに凌駕するスピードで繰り出される剣技の鋭さはかなりのものだった。


「アニエス!!」


 思わず声を漏らしてしまうほどの波状攻撃。

 しかし、次の瞬間、弾き飛ばされていたのは6人の騎士達の方だった。


「ぐっ!?」

「こ、これが噂の!!」


 騎士達を弾き飛ばした一撃。

 それこそが、アニエスの武器である"蛇腹剣"による一斉攻撃だった。

 この特殊な剣は、刀身が細かく分割し、まるで鞭のようにしならせることで、広範囲に鋭い斬撃を展開することができる。

 通常の剣としての特性と鞭としての特性を併せ持つがゆえに、1対1だろうが1対多だろうが、状況を選ばずに、常に高い性能を発揮できるのだ。

 さらに鞭のような形状にできる点は携帯性においても優秀であり、メイドの姿をしている時も、周りから警戒されずに武器を持ち歩けるという大きな利点となっていた。

 おそらく、レオンハルトがアニエスを僕の護衛に推薦したのには、この特殊な武器を扱えるということも理由の一つになっているのだろう。

 今まで、彼女が全力でこの武器を振るったところを見たのは、せいぜい2,3回ほどだが、屈強な騎士達ですら一息に退けるほどの攻撃力を持っていたとは……。

 うちのメイドがマジで強い件について。


「怯むな!! 時間差だ!!」


 屈強な騎士の指示で、他の騎士達が動く。

 武器での攻撃は、一度振り抜けば必ず隙が生じる。

 どんな達人でも、全力の攻撃をした後は、身体が一瞬硬直してしまうものだ。

 だから、騎士達は今度は6人同時ではなく、3人がまず攻撃に出た。

 3人の迎撃のために、アニエスが武器を振るった直後を、残りのメンバーが狙うつもりなのだろう。

 実際、アニエスは先ほど6人でかかってきた時と同等のレベルの斬撃を鞭のようにしならせた蛇腹剣で行った。

 受け流すこともかなわず、吹き飛ばされる3人。そして、予想されたように残りの3人が、その隙をついて攻撃をしかけてきた。

 だが……。


「私の攻撃に、隙はありません」


 "返す刀"という言葉がある。

 アニエスの攻撃は、まさにそれだ。

 一度目の攻撃した勢いをそのまま使って、身体を捻らせるようにして2撃目を繰り出す。

 その威力は、初撃をさらに凌ぐ。


「そんな!?」

「バカなっ!!」


 攻撃してきたうちの2人が武舞台の外まで吹き飛ばされる。

 それほどの威力の攻撃を間髪入れずにしてみせたアニエスの技の冴えはさすがの一言。

 だが、唯一、あの屈強な騎士だけは、その攻撃を防いでみせた。

 そして、そのままアニエスへと肉薄する。


「はぁああああっ!!」


 フィジカルを活かし、上段からツーハンデッドソードを振り下ろす屈強な騎士。

 距離を詰められたアニエスは剣の節を連結させ、通常の両刃剣の形でそれを受け止める。

 受け止めた瞬間、アニエスの足元の武舞台が音を立ててわずかに陥没した。

 それほどの威力の一撃。

 細身のアニエスは、その一撃を受け止めきれないかと思われた。

 しかし……。


「"力"で。あなたが私に勝てたことがありましたか?」


 ギラリと目を光らせたアニエスの全身から、赤い闘気のようなものが迸る。

 あれは、そう紅の魔力だ。

 視覚的にもわかるほどの魔力の迸りが、アニエスを包み込んでいるのだ。

 屈強な男と華奢なアニエス。

 一見すると、力比べでは大男の方に分があるように思えるだろう。

 しかし、この世界には魔力がある。

 卓越した魔力操作の技量を持ったアニエスは、あの大男の腕力さえもねじ伏せる程に、自身の腕力を強化していた。


「はぁああっ!!」


 気迫と共に、アニエスは自身の2倍はありそうな巨体を宙へと吹き飛ばす。

 そのあり得ない光景に、まだ予選だというのに会場からは驚愕の声が上がる。

 凄い……本当に凄い。

 僕のメイド騎士、アニエスの本当の力は、ここまで凄まじいのか。


「さすがだな」


 ふと、すぐ僕の後ろでそんな声がした。


「レオンハルト様。あれ、予選の方は……?」

「俺は前大会ベスト4だからな。予選は免除される」


 ああ、いわゆるシード枠ってやつか。


「それにしても、騎士団にいた頃よりも、さらに強くなっているようだな」

「そ、そうなんですの?」

「ああ。護衛の任務をこなしながらも、自己研鑽を怠らなかったようだ」


 このストイックさにおいては、他の追随を許さない王子がそう言うのだから、アニエスがいかに陰で努力していたのかがわかるというものだ。

 自分の苦手な事を克服するだけでも凄いと思っていたのに、元々持っていた力すらもここまで伸ばしていたなんて。

 3年も一緒にいたから、アニエスの事は何でもわかってると高を括っていたが、どうやら僕もまだまだなようだ。


「頑張ってください!! アニエース!!」


 屈強な騎士へと追撃をしかけるアニエスに、僕は心からの声援を送ったのだった。

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