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158.お兄ちゃん、剣戦を観戦する

 ファンファーレの雄々しい旋律が、清々しく晴れ渡った空へと響いていく。

 放された鳩達が、その青々としたパレットへと白い軌跡を残して飛び去って行く姿を見ながら、僕はワクワクとしていた。

 ここは紅の国が誇る闘技場。いわゆるコロッセオと言われる場所だ。

 前世でのドーム球場に匹敵するほどの大きさがあるかもしれないそこには、所狭しと観客達が詰めかけている。

 その密度たるや、"藝"の試験の時の講堂の様子よりもさらに過密といったところで、それが円形の観客席を埋め尽くしているのだから、数万人レベルの人数が集まっているのは間違いない。

 あまりの人の多さに、それだけでも圧倒されてしまう。

 今か今かと大会の開始を待つ観客達の様子を、僕は絶好の観覧ポジションである正面ゲート上の貴賓席から眺めていた。

 一応役割としては、怪我人の治療を受け持つことになる僕ではあるが、動くことになるのは重傷者が出た時だけだ。

 そういった場合以外は、基本的にはここから試合を観戦しても構わないという風に聞いている。

 同じ空間には、紅の国の上位貴族達もいるので、少し堅苦しさはあるが、ギュウギュウ詰めの観客席から観戦しなくても良いのは正直ありがたかった。

 そうこうしているうちに、闘技場のど真ん中にある巨大な武舞台に、たくさんの屈強な戦士たちが昇っていく。

 その半分ほどを占めるのは、昨日もレオンハルトの訓練の際に見た、紅の国の騎士達だ。

 全員が、共通の紅色のマントをつけ、白銀の騎士鎧を着込み、これまた共通のブロードソードを携えている。

 残る半分ほどは多種多様だ。

 レイピアを持った碧の国の剣士らしき者もいれば、その辺りの平民が武器を持っただけのような格好の者もいる。

 国王陛下も言っていたが、剣戦の間口は広く、武器を使って戦う者であれば、誰でも参加することができる。

 また、大会中に活躍を認められれば、そのまま騎士として徴用される可能性もあり、人生の一発逆転を賭けて出場を決意した平民やゴロツキなんかも多い。

 そして、数百人に及ぶ、その大量の参加者を一気にふるい落とすのが、これから行われる予選会なのだった。

 予選会は、20~30名ほどの闘士たちが一斉に武舞台に上がり、最後に立っていた者が勝者というサバイバル戦となる。

 立ち回り次第では、実力で上位に及ばない者でも本選に進出できる可能性もあり、誰もが野心に燃えた目で、周囲を睨みつけていた。

 さて、そんな野獣たちの巣窟と化した武舞台に、ひときわ輝く一凛の花があった。

 アッシュブロンドの髪を風になびかせ、両腕を組んだ若く美しい女剣士……。

 そう、僕の専属メイドであるところのアニエス・シェールだ。

 いつものメイド服とは違い、騎士としての正装に身を包んだ彼女は、本当に凛としてカッコいい。

 そして、こんな時にこんな風に思ってしまうのはあれなのだが……めちゃくちゃくっころ系騎士やん。

 普段でもくっころ味あるのに、もうそんな格好したら、ガチやん。

 今後も、たまには騎士の格好してって頼もうかな……。

 と、そんなあまりにもしょうもないことを考えているうちに、いよいよ予選の火ぶたが切って落とされた。

 いきなり斬りかかっていく者は少なく、まずは、様子見とばかりにほとんどの者は周囲の状況を覗っている。

 だが、こういう時は、弱い者から狙っていくというのが、一般的な考えのようで、そんな考えの者達の格好の的となったのが、唯一の女性であるアニエスだった。


「へへっ、随分綺麗な姉ちゃんじゃねぇか!」

「立派な格好をしているが、所詮は女だ! 怪我をしないうちに、武舞台から優しく落としてやろう!!」


 下卑た笑みを浮かべる盗賊風の男と旅人のようなマントを羽織った剣士が、一斉にアニエスへと斬りかかってくる。

 直前まで迫られるアニエス。だが、僕には一切の不安なんてなかった。


「なっ!?」

「なんだと!!」


 2人の同時攻撃を軽く跳躍して避わしたアニエスは、そのまま回し蹴りで二人の背中を蹴り飛ばした。

 たたらを踏んだ2人の闘士は、もつれあうように武舞台の端から足を滑らせた。落下はすなわち失格を意味する。

 武器を使うまでもなく、一瞬で2人の選手を蹴散らしたアニエスは、周囲を警戒するように視線を彷徨わせた。

 今の動きを見て、周囲の騎士以外の者たちも、アニエスが只者ではないと察したらしい。

 アニエスを狙うのを止め、他の闘士たちがそれぞれにやり合う最中、いつの間にかアニエスを取り囲む6つの影があった。


「アニエス先輩!! 胸を借りに来ました!!」


 そう言って、アニエスの方へと一歩前に出たのは、昨日最初に話しかけられたあの若年騎士だ。

 初々しさの残る彼を筆頭に、合計6人の騎士が、アニエスの周囲を取り囲む。


「本当は1対1で勝負をしたいところですが……」

「これは集団戦だ。こういう戦いになることも、当然想定していたんだろう。アニエス?」


 屈強な身体を誇示するようにして、剣を鞘から引き抜いたのは、昨日レオンハルトに最後に倒されたあの男。

 アニエスとは旧知の仲らしきその男は、他の騎士達よりも一回りほど大きなツーハンデッドソードを大上段に構える。


「それに、集団戦こそがお前の本領発揮だろう。だから、悪いが遠慮はしない」

「それで結構です。それくらいでなければ、歯ごたえがありませんから」


 無表情の中に、わずかばかり口角を上げたアニエスは、自身もついに剣を鞘から引き抜いたのだった。

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