157.お兄ちゃん、王子を手当てする
「あら、レオンハルト様」
アニエスが8人目の騎士をぶっ飛ばした時だった。
レオンハルトが、わずかに自分の右腕を気にしているのに僕は気づいた。
「もしかして……」
「おい……!?」
彼の腕を取って見てみると、肘の辺りに傷があり、そこから血が流れ出している。
すると、彼は慌てて傷口を隠した。
「組手中に、少し油断してな……」
視線を逸らし、わずかばかり恥ずかしそうにそう言うレオンハルト。
どうやら、僕には気づかれたくなかったらしい。
「もっとよく診せてください。私が魔法で」
「いや、いい。このくらいの傷、何でもない」
「でも……」
なぜだか頑なに魔法での治療を拒否しようとするレオンハルト。
確かに、彼にしてみれば、このくらいの傷、舐めとけば治る程度のレベルなのだろうが。
「明日の本選に向けて、体調は万全にしておくべきですわ」
「俺はいつでも万全だ」
何を意地を張っているのだろうか。
男の子の強がり的なもの?
「もう、わかりましたわ」
僕は持っていたレースのハンカチを取り出すと、それをレオンハルトの傷口に巻いた。
「お、おい……!?」
「魔法がお嫌でしたら、こうやって手ずから治療するだけですわ。はい、これでバッチリですわね」
止血するように二の腕から肘の辺りにかけて巻かれた薄黄色のハンカチを眺めて、彼はなんとも言えない表情をしていた。
「本当に、お前は……」
「レオンハルト様の若さなら、こうやっておけば、明日には治っていますわ」
「……ありがとう」
これまでの頑なな表情とは打って変わって、少しだけ嬉しそうに彼は僕への感謝の言葉を口にした。
そのわずかばかり恥じらいのこもった言い方が、僕のなんだかいけない部分の琴線に触れる。
レ、レオンハルトさんや……ちょっと可愛らしすぎやしませんか。
なんだろう。ツンデレっていうわけじゃないんだけども、普段の強がったり落ち着いている時とのギャップで、こう……萌える、的な?
え、いや、違う。男の子に萌える感覚なんて、感じるはずが……。
僕が萌えるのは、そう。あのレミリアたんみたいな、可愛らしい女の子だったはずで……。
「どうしたんだ。顔が赤いぞ」
「な、なんでもありませんわ!!」
切り替えるように頭を振ると、僕は再び組手中のアニエスへと視線を向けた。
今でもう15人は倒しただろうか。
明日は、もっと激しい戦いが行われるんだよなぁ。
楽しみではあるけど、同時に少し恐ろしくもある。
「レオンハルト様、くれぐれも無茶だけはなさらないで下さいね」
「お前の世話にならん程度には、そうするつもりだ」
それからどれくらいそうしていただろうか。
ふと、彼の右手の指が、僕の左手へと触れた。
「レオンハルト様?」
「そ、その……セレーネ」
「はい」
なんだろう。
えらく緊張したような顔をしてるけど……。
僕の左手に触れたまま、彼は正面を向いたまま話し続ける。
「も、もし、俺が優勝出来たら、お前に……その……聞いてもらいたいことが……あるんだが」
「聞いてもらいたいこと?」
ふむ、何か伝えづらいことだろうか。
例えば、やっぱり婚約を解消したい、とか?
「ああ、どうしても、お前に伝えたいことがあるんだ」
覚悟を決めるように、僕へと視線を向けたレオンハルト。
その真剣な瞳に、不覚にも僕の胸はドキリと震えた。
この眼にはこれまでも出会ったことがある。
そうだ。フィンに幹ドンされた時やエリアスが舞台で見せたような、あの……。
「俺は必ず優勝する。だから、その時は聞いて欲しい。俺の……気持ちを」
「…………はい」
自分の意思とは関係なく、いつの間にか僕は、コクリと頷いていた。
それを見て、レオンハルトもまた力強く頷く。
見つめ合う時間。
触れたままの手の感覚がやけに鮮明に感じる。
え、えっと、この雰囲気……ど、どうすれば……。
動くこともできず、モジモジとしていると、ふとレオンハルトの方から触れた手を放した。
そして、立ち上がった彼は、僕へと背を向ける。
「俺は明日に備えてそろそろ休む。セレーネ、本選を楽しみにしておいてくれ」
「は、はい……!」
そう告げると、彼はどこか足早に、その場を後にしたのだった。
「な、何なんだろう。聞いて欲しいことって……」
わからない。
わからないはずなのだが、なぜだか、顔が熱くなってくる。
頬を押さえていると、また、ドーンと人が壁にぶつかる音がした。
「ふぅ、とりあえず……」
白の魔力を解放しつつ、僕は目の前で暴れ続ける専属メイドへと目を向けた。
これで21人目。このまま行けば、さっき来た時のような死屍累々とした状況になるのに、そう時間はかからないだろう。
「アニエス、ほどほどにしておいて下さいね……」
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