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155.お兄ちゃん、訓練場へと向かう

「本当に、ご不快な思いをさせてしまいました……」


 父親であるシェール騎士爵の姿が見えなくなり、ようやく冷静になったらしいアニエスは、今度こそ本当の謝意を込めて僕へと頭を下げていた。


「アニエス、止めてください!! 来た時も言いましたが、ここに来たいと言ったのは私ですので!!」

「ですが、余りにもお見苦しいものをお見せしてしまい……」

「わかりました!! わかりましたから、頭を上げて!!」


 僕はなんとかアニエスに頭を上げさせる。

 すると、縋るように、妹達がアニエスへと抱き着いてきた。


「姉さん、私達のために……」

「いえ、こうなったのは、ろくに話し合いもしないままに家を出てしまった私の責任です」

「ううん、違う。姉様のせいじゃない」

「父様が、父様が、おかしいんだよ!!」


 胸に抱えていたものを吐露するようにそう言ったのは、三女のプラータだ。


「お姉ちゃんがいなくなった時もイライラはしていたけど、今ほどじゃなかった」

「最近は、家にもほとんど帰らなくなって……。たまに帰ってくると情緒不安定で、時折今日みたいに怒り出しては家の物を壊したり」

「姉たまからの仕送りもほとんど家に入れてくれなくなったの……」

「元々あまり出来た父親とは言えませんでしたが」


 治療はしたものの流れ出てしまった血を拭いながら、アニエスはなんとも言えない表情を浮かべた。


「酒かギャンブルか。どちらにせよ、ろくでもない遊びにハマっているのでしょう。本当に弱い人です」

「アニエス……」

「セレーネ様、重ね重ね申し訳ありません。ですが、明日は、その……」


 剣戦への出場。そして、ベスト4への進出。

 彼女は本当に、それを為すつもりでいるようだ。


「シルヴィの件での約束もそうですが、父もきっと、騎士として私が戦っているところを見れば、少しは頭を冷やしてくれると思うのです」

「構いませんわ。アニエスが望むようにして下さいませ」

  

 僕がそう伝えると、アニエスは泣きそうな顔をして跪いた。


「ありがとうございます。セレーネ様……」

「そんな顔をしないで下さいませ。もし、アニエスが試合で怪我をしてしまったら、私が治して差し上げますわ。あ、でも、だからといって、無茶はしないで下さいね」


 軽いノリでそう伝えると、アニエスはどこか吹っ切れたように強く強く頷いた。

 こうして、アニエスもまた騎士として剣戦への出場を決めたのだった。




 さて、それからの事だった。

 アニエスの実家を出た僕らは、レオンハルトの元へと向かっていた。

 騎士爵家での一件は、レオンハルトには報告しないつもりだが、さすがにアニエスの剣戦出場の旨までは伝えないわけにもいかない。

 それに、アニエス自身も、明日の戦いに向けて、ウォーミングアップをしたそうにしていたからだ。

 陽の落ち始めた頃に、城内にある騎士達の訓練場に辿り着くと、そこはまさに死屍累々の様相を呈していた。


「だ、大丈夫ですの!?」

「う、うぅ……ど、どなたか存じませんが、だ、大丈夫です」


 若い騎士は、なんとか身体を持ち上げると、弱々しくも微笑んだ。


「いったいどうしたんですの、この有様は?」

「それは……」


 ドゴォーン!!


 その時、爆音と共に、鎧を着こんだ大柄な騎士が吹き飛んできた。

 僕にぶつかりそうになったその男をアニエスが魔力で強化した腕力で受け止める。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ、助かった……って、アニエス!?」 


 アニエスに受け止められた大柄な騎士は、その顔を見た途端に、びくりと震えた。


「お、お前、戻って来てたのか……。いや、それにその格好……」

「私の事はいいのです。それよりも」


 アニエスが訓練場の中央へと視線を向ける。

 すると、そこにはサーコートを着込み、刃を引いた鋼の剣を振るう赤髪の王子様がいた。


「随分荒ぶっていらっしゃるようですね」

「あ、ああ……。百人組手、俺でラストだったんだが、まだまだ力が有り余っていらっしゃるらしい。こりゃあ、本当に優勝しちまうかもだ」


 百人との連戦を終えたレオンハルトは、猛る自分を落ち着けるようにゆっくりと息を吐いていたのだった。

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