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154.お兄ちゃん、メイドの意志を汲む

 キッと目を見開いたアニエスが、何か覇気のようなものを放つと、彼女の前に立つ父親がわずかに気圧されたのがわかった。

 そして、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるシェール騎士爵。


「ちっ……言うようになったな。アニエス」

「いつまでも言いなりの娘でいるつもりはありませんので。それよりも聞きたいことがあります」


 アニエスは家の方々へと視線を彷徨わせながら問い掛ける。


「この有様は何なのですか? 如何に母親が不在の当家とはいえ、あまりに荒れ放題ではないですか」

「それこそ、家を出たお前には関係のないことだ」

「それなりの額の仕送りは届いているはずですが?」

「さてね」


 まるで子どものようにそっぽを向く父親の態度に、アニエスは嘆息する。


「何に金を使っているかは知りませんが、妹達の将来の事ももう少し考えてあげて下さい」

「考えているさ。シルヴィの貰い手も見つかったことだしな」

「なっ?」


 アニエスが初めて絶句した表情を浮かべた。

 僕とアニエスの視線が向く中、シルヴィはただ項垂れるようにして、わずかに首を縦に振った。

 その様子は、明らかに結婚の件を嫌がっているようだった。


「早すぎる!! それはシルヴィが望んだ事なのですか!?」

「お前と違って、シルヴィには騎士になれるほどの才能はない。だったら、家格の高い家に嫁ぐのが義務であり、本人の幸せというものだ。あるいは婿養子でもとって、そいつを騎士に鍛え上げるのも悪くなかったがな」

「それは父様の考えでしょう。シルヴィがそれを望んでいるとは思えません!!」

「お前が義務を果たさなかったからだ」


 どこか狂気を含んだ視線で、シェール騎士爵はアニエスを睨む。


「お前が真っ当な騎士としての道を踏み外したから、俺はシルヴィに"夢"を託したに過ぎない」

「私は騎士職を辞してなどいません!!」

「だったら、すぐにでも騎士団に戻れ」

「それは……」

「できないのか? できないなら、シルヴィの事には口を挟まないでもらおう」


 吐き捨てるようにそう告げると、シェール騎士爵は踵を返した。


「コウ。アニエスに二度と家の敷居を跨がせるな。こいつはもう娘でも何でもない」

「アルガム様、それは……」

「二度も言わせるな。お前もその年で、路頭に迷いたくはないだろう」

「父様……!!」


 妹達やコウさんへの態度にさすがのアニエスも切れた。

 だが、暴力で解決しても意味がない。

 それをわかっているアニエスは、ふぅ、と何とか自分を落ち着けると、背を向けた父へ向けて口を開く。


「騎士団にはいつか必ず戻ります。ですが、今の私にはまだ、それはかないません」

「話にならんな。今すぐ出来ないのであれば、無意味だ」

「お願いです。父様を裏切るような形になってしまったことは謝罪します。しかし、妹達の事だけは、何卒……」


 アニエスは片膝を床につくと、そのまま両手も地面につけて頭を下げた。

 騎士風の土下座に当たるポーズ。

 騎士としては最上級の謝罪の意を示すアニエスに対して、父であるシェール騎士爵は、ふん、と鼻を鳴らした。


「騎士としての生き方を忘れたわけじゃないらしいな」

「当然です。格好は変わっても、私は今でも騎士のつもりです」

「ならば、その証を見せてみろ」


 這いつくばったアニエスの頭をシェール騎士爵が、なんと踏みつけた。


「なっ!?」


 思わず、駆け寄ろうとした僕をアニエスが片手で制する。

 乱れた髪の隙間から覗く瞳は、僕に静止するよう訴えかけていた。

 そんな目をされたら、僕だって止まらざるを得ない。

 グッと唇を噛んで自分を律している内にも、シェール騎士爵は、実の娘の頭をグリグリと踏み詰っていた。


「ふん、昔はよくこうして反骨心を教え込んだものだったな」


 嗜虐心を隠そうともせずに、ニタリと笑うと、騎士爵は最後にアニエスの頬を蹴り上げた。

 唇が切れて、彼女の美しい肌に鮮血が流れる。

 それでも、アニエスは抵抗せずに、ただただ曲げられない意志の籠もった瞳で、シェール騎士爵を見据え続けていた。

 そんなアニエスを見下ろしつつ、騎士爵は言う。


「アニエス。剣戦に出ろ」


 有無を言わさぬ口調で伝えられたのは、僕にとっては意外な事だった。


「剣戦に出て、騎士としての証を見せろ。そうだな、優勝とは言わんが、ベスト4くらいにはなってもらうとしよう」

「なっ?」


 ベスト4だって。

 剣戦は、紅の国だけではなく、大陸中の猛者たちが集まって行われる武闘大会だ。

 そのベスト4ということは、すなわち大陸で上から数えて4番目に入る強さを持っていなければならないということ。

 アニエスの強さは知っているが、それでも、さすがに厳しいと言わざるを得ない。


「騎士団に、今すぐにでもお前が必要だと思わせるには、それくらいの順位は必要だろう。下らん護衛任務等に派遣していい人材ではないと思わせるにはな」

「私の任務は……いえ、わかりました」


 一瞬反論しようとしたアニエスだが、今度は僕の送った視線を見て、グッと言葉を飲み込んだ。


「そうすれば、シルヴィの結婚の件は考え直してくれるのですね」

「いいだろう」


 その言葉に、アニエスはこくりと頷いた。

 アニエスの回答に満足そうに目を細めたシェール騎士爵をしり目に、僕は駆け出すと、アニエスへと抱き着いた。

 そして、すぐさま白の魔力を発動する。

 すると、鮮血の流れ出す唇が、数瞬後には綺麗に完治した。


「アニエス、大丈夫ですか?」

「セレーネ様、私なんかに白の魔力を……」

「まさか……」


 ふと、視線を向けると、シェール騎士爵は僕を見て、驚愕の表情を浮かべていた。

 無理もない。白の魔力を見た事がある者など、ほんのわずかしかいないだろうし。

 そうだ。僕が聖女候補であることを説明すれば、アニエスの仕事の重要さをわかってもらえるかもしれない。


「あの……!」


 そう思って、口を開こうとした時には、シェール騎士爵は慌てたように、こちらに背を向けて歩き去っていた。

 そして、入った来た時と同じように、乱暴に扉を開ける音を響かせると、そのまま閉めることもせずにいずこかへと去って行ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の娘だろうが人の頭を踏みつけるようなクズが騎士としての生き方を説いてるとか鼻で笑う案件じゃないか
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