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153.お兄ちゃん、騎士爵に会う

 さて、お腹が満ちると、始まったのは妹達からアニエスへの質問の嵐だ。

 今、どんな仕事をしているのか、なぜ、そんな技能が身に付いたのか、など矢継ぎ早な質問に、アニエスは淡々と答えていく。


「他国の要人の護衛に就いているとだけは聞かされていたけど……」

「王子殿下から直接のご依頼とか。お姉ちゃん、すっごく買われてるじゃん……」

「姉たま、すごーい!!」


 多少の戸惑いはあったものの、妹達はアニエスの現状を概ね肯定的に受け入れているようだ。


「一応は極秘の公務ですから、今聞いた事は他言無用ですよ」

「うー、自慢したいけど、我慢する!」

「それにしても、レオンハルト王子の婚約者で、しかも、聖女候補でいらっしゃるなんて……」


 妹達の視線が一斉に、僕へと向く。


「髪サラサラ……」

「お胸も大きいわ……」

「お人形さんみたい……」


 呟くようなボリュームだけど、聞こえてるよ。

 どうやら肩書ゆえか、彼女達の中で変に神格化されつつあるらしい。

 まあ、自分たちの姉の護衛対象なわけで、高貴であれば高貴であるほど箔が付く、と彼女達は思っているのだろう。


「と、ところで、その、セ、セレーネ様……!」


 遠慮がちに話しかけてきたのは、次女のシルヴィ。


「何でしょうか?」

「あ、あの、少々、アルビオン学園についてお伺いしても構わないでしょうか?」


 ああ、なるほど。

 どうやら、シルヴィは現在13歳。僕の義妹であるミアと同い年だ。

 騎士爵家は末端とはいえ、一応は上流階級に属する。

 つまるところ、希望すれば、来年にはアルビオン学園にも入学できるということ。

 アニエスは騎士団への入団を希望したため、学園に入学することはなかったようだが、このシルヴィは学園に興味津々のようだ。


「もちろんですわ。何でも聞いて下さい」

「で、では、学園では、男女の学舎が分かれているという話を聞いたのですが……」


 その後は、質問攻めの対象がアニエスから僕へと変わった。

 最初はシルヴィによるアルビオン学園そのものへの質問ばかりだったが、徐々に三女や四女も加わり、話はアニエスの仕事ぶりについてのものになる。

 魔物から命を守ってもらったことや剣を教えてもらったことなどを話すと、彼女達は目を輝かせていた。

 コウさんは、そんな僕達の様子を温かいまなざしで見守っている。


「お姉ちゃんったら、そんなことまで……!?」

「ふふっ、意外と可愛らしいところがあるのですよ。皆さんのお姉様は」

「セレーネ様、妹達の前で、それは……!!」


 アニエスのおもしろ失敗談なども交えながら、楽しく談笑していたその時だった。

 ガタン!! 


「!?」


 乱暴に扉が開かれる音。

 それと同時に、シルヴィ達が目に見えてビクリとした。


「シルヴィ?」

「と、父様だ……」


 おびえたような声で呟くシルヴィ。

 父様とはすなわち、このシェール家の家主であるシェール騎士爵のことだろう。

 だが、なぜ、家主が帰ってくるだけでこんなにみんな委縮しているんだ……?

 妹達の態度に不穏なものを感じたのか、アニエスはゆっくりと立ち上がる。

 ちょうどタイミングを同じくして、客間へと、一人の男が入ってきた。

 年齢は僕の父であるヒルト・ファンネル公爵よりも一回り近く上だろう。

 筋骨隆々の体躯に、サーコートを着込んだ髭面の男。

 彼こそが、アニエス達の父親であるアルガム・シェール騎士爵その人だろう。


「お前達、なぜ客間なんかに……ん?」


 一瞬訝し気な表情を浮かべたシェール騎士爵だったが、その視線が僕と、そして、アニエスを捉える。


「アニエス……」

「お久しぶりです。父様」


 その言葉を聞いた途端、瞬間湯沸かし器の如く、シェール騎士爵の顔が沸騰した。


「貴様!! 親に相談もなく、3年近くもどこに行っていた!!」

「外国のとある要人の護衛任務に就くと、騎士団から連絡は行っているはずですが」

「そんなものは知らん!!」


 事実としては知ってるはずなのだが、シェール騎士爵は聞く耳持たんといった態度で、壁をドンッと叩いた。

 妹達がびくりと身を縮こまらせる中、アニエスだけは微動だにせず、真っ向から父親の姿を見据えている。


「王族以外の護衛任務など断固認められん!! お前が生まれたのは騎士爵家だぞ!! お前には、騎士職を全うする義務がある!!」

「騎士としての身分は失っておりません。あくまで、他国へと派遣されているだけですので」

「だとしてもだ!! そ、それになんだ!! その軟弱な服装は……!!」


 額に青筋を立てながら、シェール騎士爵が指さすのは、アニエスの着るミニスカメイド服。

 ミニスカということが大きな問題ではなく、あくまで使用人としての服装をしていることを指摘しているのだろう。 

 とはいえ、下級貴族の娘が、行儀見習いとして上級貴族の家に奉公に出ることはそう珍しいことではない。

 それは騎士爵家も例外ではなく、騎士として家を継ぐのは一般的にはほぼほぼ男児であり、アニエスのように若い女性でありながら、騎士団でそれなりの地位まで上り詰めた人物というのはほとんどいないだろう。

 そんな自慢ともいえる娘だからこそ、騎士団から行方をくらまし、その上、使用人のような格好で家に帰ってきたことが許せないのかもしれない。


「この格好は、私が大切な方のお傍にいるために選び、そして、プレゼントしていただいたもの。言わば、私の"誇り"です」


 愛おしそうに自分のメイド服の胸元へと右手を添えたアニエスは、そのまま一瞬だけ目を閉じると、今度はキッと見開きながら言った。


「それを侮辱するのは、たとえ父親であろうとも許しません」

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