151.お兄ちゃん、メイドの実家を訪れる
さて、アニエスの実家は、王都の郊外にあった。
巡回馬車に乗って、そこまでやってきた僕とアニエスは、家の門の前へと降り立つ。
ふむ、なかなか大きな屋敷だな。
紅の国の騎士爵というのは、貴族で言うところの準男爵と同じくらいの地位を持つ。
いわゆる特権階級としては最下級に位置するものであり、領地を持たないのが常だ。
日本の言葉に「武士は食わねど高楊枝」なんて言葉もあったりしたが、多くの騎士はまさにその通りなのが現状らしく、税収のない騎士は、奉公する王侯貴族からの給金で生活するのが一般的であり、古い家ほど維持していくだけでギリギリというところも少なくないらしい。
なるほど、それを念頭に改めて見てみると、屋敷自体は大きいが明らかに手入れが行き届いているようには見えず、庭も草がボーボーの状態だ。
「お恥ずかしい限りですが、これが我が家です。私が家を出る前は、これでももう少しはマシだったのですが……」
庭の荒れ模様を嘆くように、アニエスが目を細めた。
「仕送りはしているので、庭の手入れを業者に任せるくらいのことは十分できると思うのですが……」
訝し気な視線を向けたアニエスだったが、すぐに普段の冷静な表情へと戻る。
「セレーネ様、粗末な場所にお連れして申し訳ありませんが」
「いえ、こちらから押しかけたのですから。それよりも」
「はい」
どうやら、アニエスも家の様子が気になっているようだ。
錆び付いた門扉を押し開けると、そそくさと屋敷の中へと歩を進めた。
そして、バンと扉を開けると同時に、彼女は大声で呼びかける。
「アニエス・シェールが帰った!! 家の者はいるか!!」
腹の底から出した声が、家中へと響き渡る。
その直後のことだった。
「姉さん?」
2階の部屋から、一人の少女が飛び出してきた。
アッシュブロンドの髪をストレートに伸ばした少女。
まさにアニエスをそのまま少し幼くしたようなその少女は、まるで幽霊でも見たかのように、アニエスの姿に驚いていた。
「え、うそ、本当に……!?」
「お姉ちゃん!!」
その脇からさらに小さなアニエスもどきが、そして、さらにさらに小さなアニエスもどきが現れる。
合計3人になったアニエスもどきーズは、ドタドタと階段を駆け下りると、アニエスへと飛びついた。
「姉さん!!」
「お姉ちゃん!!」
「姉たま!!」
思い思いの呼び方でアニエスへと声をかけつつ、抱き着く3人。
全員本当にそっくりだな。
まず、間違いなく、この娘達はアニエスの妹達だろう。
「今、帰りました。みんな」
これまで見せたことがないような穏やかな表情で、彼女は妹達の頭を撫で続けていたのだった。
「セレーネ様、失礼しました。これらは私の妹達です」
客間へと通された僕の前に座る、アニエスそっくりの3人の少女。
「左から次女のシルヴィ。三女のプラータ。四女のアンジェです」
突然名前を紹介された3人はきょとんとした顔で、僕とアニエスの間で視線を彷徨わせている。
「姉さん、この方は? それに、その格好も……」
尋ねたのは次女のシルヴィ。
まあ、当然気になるよね。なにせ、アニエスの格好はいつものミニスカメイド姿だ。
王城でも、アニエスを知る騎士達から驚きのまなざしを向けられていたが、家族もいきなりこんな格好で姉が帰ってきたら、面食らうのも当然だろう。
僕としては、実家に帰るなら普通の服装で良かったのだが、なぜかアニエスが頑なに仕事着で帰ることを望んだのだ。
アニエスは普段の仕事中の如く、丁寧にお辞儀をすると、僕へと掌を向けた。
「このお方は、今の私の雇い主であるヒルト・ファンネル公爵様の一人娘、セレーネ・ファンネル様です。私は今、セレーネ様の専属メイドとして働いています」
「ね、姉さんが……メイド!?」
3人の姉妹の後ろで、昭和のアニメのように雷光が走ったように感じるほどの見事な驚きっぷりだ。
「お湯を沸かそうとすれば、深鍋を真っ黒に焦がし……」
「洗濯しようとすれば、服の袖を引きちぎり……」
「お掃除しようとすれば、竹ぼうきを叩き折っていた、あのアニエス姉さんが……?」
アニエスよ。屋敷に来た頃も酷かったが……。
いや、よくもまぁ、そんなマイナススタートから、ここまで優秀なメイドに育ったよ。
それにしても、今の反応を見る限り、どうやらアニエスは自分がどんな仕事をしているのかを家族に知らせていなかったらしい。
誤魔化すように、ごほんと咳ばらいをしたアニエスは、妹達に真面目な表情を向ける。
「私の事よりも、せっかくおいで下さったセレーネ様に、まずはご挨拶をなさい」
「あ、はい……!!」
比較的僕とも歳が近そうな次女のシルヴィが、慌てて腰を折る。
「は、始めまして、セレーネ・ファンネル様。わ、私、シェール騎士爵家次女、シルヴィ・シェールと申します」
貴族に対する挨拶にはあまり慣れていないのか、どこかぎこちなくはあるものの礼儀正しい子だ。
その後、三女と四女も気持ちだけは精一杯礼儀正しく、僕へと挨拶をしてくれた。
さすが、アニエスの妹達だけあって、気持ちの良い子達だな。
「ご丁寧にありがとうございます」
「い、いえ、公爵家のご令嬢がいらっしゃるには、その、うちは……」
周囲をチラチラ見ながら、シルヴィが苦い顔をしている。
確かに、調度品はどれも粗末で、掃除も行き届いていない。
その上、なぜかそこかしこに壊れた跡があるものが多いけど。
「私の方こそ、突然お邪魔して申し訳ありません」
「い、いえ、そんな……」
と、気の遣い合いのスパイラルに陥ろうとしていたその時だった。
「あらあらまあまあ。アニエス様じゃありませんか。帰っていらしたのですね」
のんびりとした口調でそう言ったのは、両手を腰に回して佇む白髪の老メイドだった。
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