148.お兄ちゃん、黒衣の青年に出会う
翌朝、厩舎でクレッセント達を引き取った僕らは、宿場町の出入口までやってきていた。
「さすがに朝は冷えますわね」
羽織った外套の中で身を縮こまらせながら、僕はぶるりと震えた。
「だが、この時間から出れば、早ければ昼過ぎには王都に到着するだろう」
そうすれば、王宮のベッドで今夜はぐっすりってわけね。
宿のベッドも悪くはないのだが、やはり普段使っているものと比べるとかなり硬くて、身体が強張ってしまった。
むぅ、公爵令嬢としての贅沢に身体が慣れてしまったか。良くない傾向だな。
「あー!! ちょっと待ってぇー!!」
と、僕らが騎乗するよりも早く、町中から何者かがこちらへと走ってきた。
朝靄の中、かえって目立つ漆黒の外套を纏った青年。
年齢的には僕らとルカード様の間くらいだろうか。
必死の形相でこちらへと近づいてきたその青年は、僕らの元までたどり着くとその場で膝に手をついた。
「はぁ……はぁ……。もうこんなに早く出発するなんて……」
「あなたは……?」
誰だ、この人。まるで見覚えがないのだが。
僕の問い掛けに、息を整えたその人物は一度、シャキリと起立した。
そして……。
「ふっ、我こそは、漆黒の運命に導かれし闇の眷属!!」
決め顔で、ビシッとポーズを取る謎の青年。
あっ、この人、関わっちゃダメなタイプの人だ。
「そうですか。では、私達はこの辺で……」
スルーして、そのままクレッセントに騎乗しようとすると、青年が僕の腰に縋りついてきた。
「えっ、ちょっと……」
「うぇーん、お願いだから、話聞いてよぉー!!」
「貴様!!」
すぐにレオンハルトが青年の首根っこを捕まえて、僕から遠ざける。
な、なんなんだ、この不審者……。
「貴様、昨夜も食堂にいたな」
「えっ……?」
あまり周囲に気を払っていなかった僕だが、レオンハルトはしっかりとこの人物の事を記憶していたらしい。
「あっ、気づいててくれてたんだ!!」
なぜか嬉しそうに顔を輝かせる青年。
半面、レオンハルトは青年を威嚇するように、表情を険しくさせた。
うおっ、凄い殺気だな。
なんで、この気迫を当てられて、この中二病野郎は平気なの? バカなの?
「俺の名前は、メラン。漆黒の運命に導かれて、諸国を漫遊している旅人さ!」
「その漆黒の運命とやらが何なのかはわかりかねますが、私達に何の御用ですの……?」
「いやぁ、なんだか、皆さん、良い馬をお持ちのようなので」
こびへつらうように両手をすり合わせながら、メランはこう言った。
「後ろ乗せてくれないかな~、なんて」
何、こいつ。
つまるところ、王都までタダ乗りさせて欲しいってこと?
「なぜ俺達がそんなことをしなければならない?」
「実は昨晩、君達が食堂に顔を出す前に、あのおじさん達とカードをしていたんだけど、見事に有り金巻き上げられちゃってね……」
ドヨーンと沈んだ様子でそう語るメラン。
「宿代はギリギリ残してたんだけど、それを払ったら、もうすっからかんで……」
つまるところ、乗り合い馬車に乗る路銀すらもう手元にない、と。
だから、僕達の馬の後ろにタダで相乗りさせて欲しいというわけか。
なんとも都合の良い話で。
「君達、あのおじさん達に結構勝ってたじゃない。それで儲けたお金って、ほら、実質的には俺のお金だったわけだしさ。ね、ちょっとくらいさ……」
「話にならん。行くぞ」
レオンハルトが無視して立ち去ろうとすると、その行く手をメランが遮った。
「ま、待ってよ!! 助けると思ってさぁー!! ぐはぁっ!!?」
恥も外聞もなく、シルバーの脚にしがみつくメラン。
その瞬間、シルバーが鬱陶しそうに、後ろ足でメランの腹を蹴った。
クリティカルヒットの音が脳内に再現されるほどの見事な蹴り。
「だ、大丈夫ですの……?」
数メートルほど吹っ飛んだメランは、それでも、ゆらりと立ち上がった。
顔には笑顔……ゾンビかよ。怖いわ。
「だ、だのむよぉ。だずげでよぉ……」
涙と鼻水に塗れながら、こちらへと手を伸ばすメラン。
いや、顔立ち自体はかなりのイケメンなだけに、あまりにシュールすぎるわ……。
「レオンハルト様……」
明らかな変人とはいえ、少しかわいそうになってきた僕は、レオンハルトに視線を送った。
「……まあ、こいつを放っておくと、他の旅人にも迷惑がかかりそうだしな」
「本当!? ありがとう!! いや、ダメもとで頼んでみるもんだねぇ!!」
ケロッとした笑顔で、シルバーの背に跨るメラン。早っ。
「さあ、王都に向けて、ゴーゴー!!」
「くっつくな……。くそっ、できるだけ速く到着するぞ……!!」
自分からお願いしたこととはいえ、背中からくっつかれるレオンハルトに同情してしまうな……。
こうして、僕らは、なんだかよくわからない変人と共に、王都を目指すことになったのだった。
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